4日(木)は、同志社大学からケンブリッジ大学に来て研究中の田中教授のお誘いがあったので、一緒にLondon School of Economicsで行われた講演会「Department Of Economics Public Debate - Men of Letters: What Should Be Done About the UK Budget Deficit?」を聞きに行ってきた。講師は、Professor Tim Besley, Professor Alan Manning。
8日(月)は、事務所に北海道大学公共政策大学院で地方自治論を担当している山崎教授が、同じく北海道大学の石井教授、木村特任教授、東京外国が大学の若松准教授とご一緒に来訪。教授は5日に英国入りして、バーミンガム大学でイギリスの地方財政の現状について調査された後、事務所に来られたもの。ちなみに、バーミンガム大学への手配は、うちの事務所が行った。
英国の地方自治や地方政治、分権問題などのテーマについて、熱心なディスカッションを行った
9日(火)は、事務所に防衛省の井上参事官が来訪。英国国防省に1年間派遣されて来ていたのが、帰国されることとなったのでそのご挨拶がてらお立ち寄り。
11日(木)は、宮本所長補佐(広島市)、キルヒナー主任研究員、キース助手と一緒に、バーミンガム大学出張。
INLOGOV所長のジョン・レイン氏をはじめ、以前からなじみで国際塾カリキュラムのとりまとめ役だったサイモン・バドリー教授、クリス・ゲーム教授、ピーター・ワット教授に加え、公共マネジメント・政策のトニー・ボバード教授の5人がお相手くださり、非常に暖かく迎えていただいた。
サイモン教授からは、国際塾のカリキュラムは自分としてINLOGOVでの非常に重要な活動として考えて取り組んでき、これまで実に数多くの塾生たちと交流を深めて来ることができ、今でもつきあいの続いている学生(自治体職員)も多いので、その廃止は非常に残念だというお話があり、2004年度の国際塾の際製作されたDVDビデオの上映もその場でされた。
しかしながら、ジョン・レイン所長は、財政が厳しいのは英国も全く同じであるので、クレアの事情も非常によくわかる、むしろ、国際塾廃止に当たっても、バーミンガム大学との関係継続を真摯に考えてくれ、新しい提案を持ってきてくれたことは非常にうれしく、光栄に思う、というコメントがあり、来年度予算で盛り込んだ事業についても、非常に前向きにとらえてくださり、ぜひ今後とも協力関係を継続し、協同でいい調査研究をしようとお話くださった。
その後、ジョン・レイン所長、サイモン・バドリー教授、クリス・ゲーム教授に秘書のフェイ・ウィルソンさんを加えた4人とこちらの4人とで会食。
15日(月)は、拓殖大学地方政治行政研究所の竹下所長、並河客員教授、ヒラリー・フランク調査協力員が事務所に来訪。竹下先生は、僕が四日市市助役をしていたころから四日市大学地域政策研究所の所長をされていた関係もあって、その頃から非常に懇意にしていただいており、実になつかしかった。当時は知らなかった(か、忘れてしまっていたか)のだが、竹下先生がLSEに派遣されて研究していた頃にクレアロンドン事務所の立ち上げの話があったため、先生は初代所長である故横田所長ともども、ロンドンの物件探しに奔走していただいたとのこと。また、立ち上がったばかりのロンドン事務所では、まだすべての仕事が手探りであり、また、事務所の職員も少なく、スペースが十分にあったため、先生の机も事務所にあって、地方公共団体から派遣されていた職員たちの調査の指導に当たっていただいていたという話もうかがった。ロンドン事務所のクレアレポートの質が高い(高かった?)のは、発足時に「指導教官」を得ることができたおかげだったのかと深く納得。また、ヒラリー・フランクさんも、JETの経験があるだけでなく、ロンドン事務所発足の翌1990年から6年間事務所のローカルスタッフとして働かれたご経験があり、オランダ人とイギリス人のハーフということもあって、英語、オランダ語、日本語はもちろん、ドイツ語、フランス語、スペイン語も使えるというものすごい人。経団連ご出身の並河先生ともども、話は実におもしろく、ものすごく勉強にもなった。
16日(火)は、大使館との共催の「第2回日英ローカルリンク会議」に出席。詳細は省略するが、今回もなかなか活発な意見交換があり、出席者の満足度も高かったように思った。英語版の簡単なレポートは、事務所のフィリパが書いてくれた。
http://japanuklinks.wordpress.com/2010/03/19/japan-uk-local-links-conference-2010/
18日(木)は、午後2時から事務所の月例勉強会「スピーカーシリーズ」。いつもとは趣向を変え、この日は3月で帰国する木村所長補佐と松野下所長補佐から、クレアレポートを題材にそのプレゼンテーション。二人とも、よくがんばりました。
19日(金)は、午後12時半から午後3時頃まで、国際交流基金で行われた広報連絡会議に出席。
この日はメンバー10人全員参加。JETROの栗山次長は、今回初参加。また、JSPSの古川所長は、4月末の帰国内示があったため、今回が最終回とのこと。独立行政法人の事業仕分けの関係があって、まだ新年度予算の各海外事務所配分が決まっておらず、来年度事業については未定という報告が多かった。
25日(木)は、午後2時に、在エディンバラ日本国総領事館本山領事が来訪。大使館での用務の後、クレアロンドン事務所に立ち寄られたもの。彼とは、以前総領事の公邸でのイベントで一度お会いしたことがあり、今回が2度目。群馬県から派遣の小川所長補佐を交えて、5月にエディンバラで行われる予定の落語イベントなどについて打ち合わせを行った。
26日(金)は、午後4時から、日本スポーツ振興センター(NAASH)のロンドン事務所で開催された講演会「バンクーバーを振り返りロンドンへの展望を語る」に、事務所の引場参事と一緒に参加。講師は、国立スポーツ科学センター(JISS)情報研究部副主任の和久貴洋氏。
講演の前半で、今回のバンクーバーオリンピックの総括と、JISSがオリンピックに向けて行った活動のさわりについての紹介、後半で、2012年ロンドンオリンピックに向けての活動やUK Sport との連携についての話があった。
バンクーバーオリンピックで、英国に唯一のメダル、それも金メダル(女子スケルトン)をもたらしたエイミー・ウィリアムズ選手を例にとって、現代オリンピックでのメダル獲得には、いかに国家的な戦略とプログラムが重要になっているかについての話は、非常に客観的、具体的で説得力があっておもしろかった。質疑の時間や講演終了後の懇親会での話もおもしろく、実に有意義な講演会だった。
2010年3月31日水曜日
2010年3月18日木曜日
3月2日、3日オランダ出張
3月2日(火)から3日(水)にかけて、木村さん(東京)、松野下さん(徳島)、キースと一緒にオランダ出張。目的は、木村さん、松野下さんのクレアレポートの補充調査と、オランダ自治体協議会(VNG)との顔のつなぎ直し。 事務所としてここしばらくVNGへの訪問をしておらず、連絡窓口なども切れてしまっていたので、直接顔を合わせて今後の連携のとっかかりを作っておきたいと考え、クレアレポート調査にひっかけて行くこととしたもの。VNGは、首都アムステルダムではなく、デン・ハーグに所在していたため、2日は午前8時10分ヒースロー発のBMI機でスキポール空港に到着後、電車でそのままデン・ハーグに向かった。なお、BMIは、これまでベルファストに行くときに乗ったことがあっただけだが、国際線に乗るとエコノミーでもヒースロー空港でのラウンジを使うことができ、ここで簡単な朝食も無料で取ることができる。機内食は有料なのだけに、これはお値打ち。デン・ハーグ駅に着いたところで、荷物をコインロッカーに預け、歩いて市内観光。時間もあまりなかったので、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を収蔵しているマウリッハイス美術館に絞る。日本語ガイドもあって、お目当てのフェルメールの3点も見ることができ、かなり楽しめた。1時間弱があっという間。終了後、近くのサブウェイで急いで昼食をすませ、午後1時半にVNGを訪問。
VNGは非常に立派なビル。スウェーデンのSKLやデンマークのKLもきれいな施設だったけれど、いい勝負。受付で手続きを済ませ、ロビーで待っていると案内の人が来て、会議室に案内された。
会議はすべて英語。まず、所長のAnnemiek Wissinkさん(女性)から挨拶があった後、職員部門担当のRogier Stout氏からプレゼンテーション。オランダの自治制度一般の話をしていただいた後、自治体の人事制度や採用、職員能力開発等について幅広くお話しいただいた。オランダの自治体首長はすべて政府任命というところが、日本や英国などとは大きく異なる点だが、職員の流動性が非常に高いというところは英国に似ている。
次に、経済部門担当のJaap Berends氏から、オランダの自治体におけるビジネス支援施策についてのプレゼンテーション。経済刺激策として、公共事業を実施し、施設の改修などを行うというところは日本と変わりないのだが、おもしろいのは財源を使わないでいた分を「貯金」しておくという仕組み。詳しく聞く時間はなかったのだが、日本の「基金」と似たような制度なのかもしれないけれど、それよりもなんとなく「貯金」というニュアンスに感じられ、おもしろそうな制度に思えた。いつかまた機会があれば調べてみたい。ただ、松野下さんのお目当てのBIDについては、アメリカやイギリスの例を参考にして導入を始めたばかりとのことで、特にユニークな情報はなし。
午後3時にデン・ハーグ市役所を訪問する約束だったのに、VNGでの話が終わったのがすでに2時50分。タクシーを呼んでいただいて、急いでハーグ市役所へ。市役所もまた、白を基調とした非常にモダンで美しいビル。入り口の一番わかりやすいところに、今回ヒアリングを申し込んだ ExPat Desk があった。ここは、日本で言えば国際交流課と市民課外国人登録窓口が一体となり、さらにそれを超えて市内に居住する外国人すべてについてのワンストップ・サービスを実施しているセクション。我々に面会してくれた Martijn Kuiper 氏は、ものすごく英語が堪能でエネルギッシュ、かつ、ホスピタリティにあふれた人で、終始圧倒されっぱなしだった。ロンドンやパリに比べ、知名度で劣るハーグに、いかにして国際優良企業や国際的に優れた人材を引きつけるかという戦略について、全力で考え、取り組んでおり、外国人の入国手続きやその後の生活に必要な手続き(銀行口座の開設といった民間部門に属するものまで含めて)に関して徹底的に簡素化とスピードアップをはかっているという説明であった。もちろんすべて英語での対応も可能であり、この窓口で受ける電話の90%までが実際に英語だとのこと。オフィスを見回しても、たしかにオランダ語より英語の表示の方が多いくらいの徹底ぶり。何しろやることが徹底していて、非常に感銘を受けた。ここも、機会があればぜにまた来て勉強したいところ。
この日は、ハーグ市での業務が終わった後、電車でアムステルダムに行き、アムステルダムのホテルに宿泊した。
2日の業務は、以上のように順調に進んだが、3日(水)は、アムステルダム市役所のアポが結局取れないままに終わってしまったため、市内視察。2008年9月に事務所のスピーカーシリーズで、「なぜシティブランディングが必要か」というテーマで、Placebrandsというシンクタンクの所長Sicco van Gelder氏にご後援をいただいたことがあり、その際、モデルとしてアムステルダム市中心部のOverhoeksの紹介があったので、これを見に行くことを企画。しかし、アムステルダム駅周辺の案内をいくら聞いても要領を得ない。「石油関係の工場があった場所にマンション、テナントビル、美術館が作られている。結果、この場所には文化的な生活を送る新しいコミュニティが出現した」という説明にぴたりと当てはまる場所は見つからないどころか、「Overhoeksっていうのは、まだ建設中のビルですよ」と言われてしまう始末。とりあえずそのあたりをバスに乗ったり徒歩で歩いたりしながら見て回った。その後、アムステルダム市役所に行き、ここにもデン・ハーグ市役所のような ExPat窓口があれば、補足説明を聞けるのではないかと思っていろいろ聞いてみたが、どうやらアムステルダムにはExPatに相当するものはない様子。市役所内の表示もオランダ語ばかりで、どこに何があるのかも外国人には全くわからない。アムステルダム行きは、終始当てが外れっぱなしだった。町そのものは、運河が多くて美しく、食事も前日夜に何気なく入ったインドネシア料理がおいしくてよかったのだけれど、仕事面ではあまりうまくいかなかった。オランダに仕事に行くときには、アムステルダムよりハーグの方がよいと認識。
VNGは非常に立派なビル。スウェーデンのSKLやデンマークのKLもきれいな施設だったけれど、いい勝負。受付で手続きを済ませ、ロビーで待っていると案内の人が来て、会議室に案内された。
会議はすべて英語。まず、所長のAnnemiek Wissinkさん(女性)から挨拶があった後、職員部門担当のRogier Stout氏からプレゼンテーション。オランダの自治制度一般の話をしていただいた後、自治体の人事制度や採用、職員能力開発等について幅広くお話しいただいた。オランダの自治体首長はすべて政府任命というところが、日本や英国などとは大きく異なる点だが、職員の流動性が非常に高いというところは英国に似ている。
次に、経済部門担当のJaap Berends氏から、オランダの自治体におけるビジネス支援施策についてのプレゼンテーション。経済刺激策として、公共事業を実施し、施設の改修などを行うというところは日本と変わりないのだが、おもしろいのは財源を使わないでいた分を「貯金」しておくという仕組み。詳しく聞く時間はなかったのだが、日本の「基金」と似たような制度なのかもしれないけれど、それよりもなんとなく「貯金」というニュアンスに感じられ、おもしろそうな制度に思えた。いつかまた機会があれば調べてみたい。ただ、松野下さんのお目当てのBIDについては、アメリカやイギリスの例を参考にして導入を始めたばかりとのことで、特にユニークな情報はなし。
午後3時にデン・ハーグ市役所を訪問する約束だったのに、VNGでの話が終わったのがすでに2時50分。タクシーを呼んでいただいて、急いでハーグ市役所へ。市役所もまた、白を基調とした非常にモダンで美しいビル。入り口の一番わかりやすいところに、今回ヒアリングを申し込んだ ExPat Desk があった。ここは、日本で言えば国際交流課と市民課外国人登録窓口が一体となり、さらにそれを超えて市内に居住する外国人すべてについてのワンストップ・サービスを実施しているセクション。我々に面会してくれた Martijn Kuiper 氏は、ものすごく英語が堪能でエネルギッシュ、かつ、ホスピタリティにあふれた人で、終始圧倒されっぱなしだった。ロンドンやパリに比べ、知名度で劣るハーグに、いかにして国際優良企業や国際的に優れた人材を引きつけるかという戦略について、全力で考え、取り組んでおり、外国人の入国手続きやその後の生活に必要な手続き(銀行口座の開設といった民間部門に属するものまで含めて)に関して徹底的に簡素化とスピードアップをはかっているという説明であった。もちろんすべて英語での対応も可能であり、この窓口で受ける電話の90%までが実際に英語だとのこと。オフィスを見回しても、たしかにオランダ語より英語の表示の方が多いくらいの徹底ぶり。何しろやることが徹底していて、非常に感銘を受けた。ここも、機会があればぜにまた来て勉強したいところ。
この日は、ハーグ市での業務が終わった後、電車でアムステルダムに行き、アムステルダムのホテルに宿泊した。
2日の業務は、以上のように順調に進んだが、3日(水)は、アムステルダム市役所のアポが結局取れないままに終わってしまったため、市内視察。2008年9月に事務所のスピーカーシリーズで、「なぜシティブランディングが必要か」というテーマで、Placebrandsというシンクタンクの所長Sicco van Gelder氏にご後援をいただいたことがあり、その際、モデルとしてアムステルダム市中心部のOverhoeksの紹介があったので、これを見に行くことを企画。しかし、アムステルダム駅周辺の案内をいくら聞いても要領を得ない。「石油関係の工場があった場所にマンション、テナントビル、美術館が作られている。結果、この場所には文化的な生活を送る新しいコミュニティが出現した」という説明にぴたりと当てはまる場所は見つからないどころか、「Overhoeksっていうのは、まだ建設中のビルですよ」と言われてしまう始末。とりあえずそのあたりをバスに乗ったり徒歩で歩いたりしながら見て回った。その後、アムステルダム市役所に行き、ここにもデン・ハーグ市役所のような ExPat窓口があれば、補足説明を聞けるのではないかと思っていろいろ聞いてみたが、どうやらアムステルダムにはExPatに相当するものはない様子。市役所内の表示もオランダ語ばかりで、どこに何があるのかも外国人には全くわからない。アムステルダム行きは、終始当てが外れっぱなしだった。町そのものは、運河が多くて美しく、食事も前日夜に何気なく入ったインドネシア料理がおいしくてよかったのだけれど、仕事面ではあまりうまくいかなかった。オランダに仕事に行くときには、アムステルダムよりハーグの方がよいと認識。
2月21日~28日
2月の後半から3月始めにかけては、めちゃめちゃ忙しかったため、更新が滞っていました。
そうこうするうちに、行政刷新会議への影響なども考えて、ブログを限定公開にすることにしたため、さらに更新のインセンティブも弱まり、ずっと更新をサボってきました。
でも、読者の方も数人確保したところなので、またぼちぼち書いていくことにします。限定公開で気楽になりましたので、自然体で行きます。
3週間分あるので、まずは2月末のドイツ出張の話から。
2月21日(日)は、まず、午後1時40分から、娘と2人で英検のスピーキングテスト(娘が3級、僕が2級)を受けにインペリアル大学へ。待ち時間は多少長かったけれど、試験そのものは結構あっさり終わり、午後3時までには帰宅。
その後、午後6時15分ヒースロー発の飛行機で、キルヒナーさんと一緒にハンブルクへ。空港からはSバーンで中央駅に行き、そこから歩いてハンブルクでの宿泊場所であるWednaホテルにチェックイン。到着が現地時間でもう夜10時半を回った頃だったので、そのまますぐに部屋に行って寝た。ホテルそのものはまあ感じのいいところだったのだけれど、部屋にはミニバーもインターネットの設備もなく、本当に寝るだけっていう感じ。
22日(月)の朝起きてシャワーを浴び、朝食に行くために部屋の鍵を閉めようとしたけれど、閉まらない。おかしいなと思って部屋番号を確認すると、なんと鍵をもらった部屋と番号が違う。昨晩、暗くて番号がよく見えなかったため隣の部屋と間違えてしまったみたい。本来オートロックのはずなのが、その部屋だけオートロックが壊れていてドアが開いた上、ベッドメークがきちんとされていたので、気づかずにそのまま寝てしまった、ということ。本来の部屋に改めて荷物を移し、鍵をかけてフロントへ。昨晩部屋を間違えて使ったことを断って、 朝食を取った。
昨晩、ホテルに到着した際、今回の調査旅行でご一緒する地方職員共済組合の幸田理事から、朝9時に法政大学の名和田教授と幸田理事の宿泊しているケンピンスキーホテルで待っていますとの連絡が入っていたため、8時40分頃キルヒナーさんとホテルを出発。出ると、外は大雪。ケンピンスキーホテルに向かって歩いていると、途中でこちらに迎えに来てくれていた幸田さんと出会う。そこで3人一緒にケンピンスキーホテルへ。ホテルで、名和田先生とご挨拶の後、これからの段取りについて打ち合わせ。
打ち合わせ後、10時過ぎにホテルを出発。Sバーンで中央駅からアルトナ駅へ。そこから歩いてアルトナ区役所へ。午前11時から、区役所で最初のヒアリング。お相手をしてくださったのは、区長のJurgen Warmke-Rose氏、Kersten Albers氏、Kerstin Godenschwege氏、そして広報担当のKersten Albersさん。主として幸田さんと名和田先生から、ハンブルクにおける都市内分権の制度や実務、財政事情などについて質疑。それをキルヒナーさんが通訳というスタイル。
午後1時から2時頃まで、ヒアリングでお相手してくださった方々と川縁のレストランで昼食。景色もよく、おいしい食事だった。
午後2時過ぎからは、アルトナ区議会の政党リーダーたちからのヒアリング。CDU、FDP、緑の党、SPDといった主要政党の区議たちとそれぞれ30分ずつ程度。ただ、実際には時間をオーバーしたり、約束の時間より遅れてきたりした人たちがいたため、終了したのは午後5時過ぎ。
終了後、今度は区議会環境・計画委員会の審議の傍聴のため、別庁舎へ。こちらでの議会審議は、もっぱら夕刻から夜に行われる。会議の場所に行ってみると、ドイツと日本の小さな国旗がテーブルに置かれていたりして、とても歓待ムード。午後9時過ぎまでの審議を傍聴した。ただ、名和田先生はブレーメンで3年間すごされているためドイツ語がわかり、幸田さんにはキルヒナーさんが通訳についているのでよかったのだけれど、僕は結局まったくちんぷんかんぷんのまま単に座っていただけ。ただ、それでも審議の雰囲気は感じ取ることができて、それなりにおもしろかったけれど。
終了後、Sバーンに乗って名和田先生・幸田さんの泊まっているケンピンスキーホテルまで戻ったときには、すでに午後10時を回っていた。そのホテルで、4人でようやく遅い夕食。かなりおなかがすいた。キルヒナーさんはさすがに食事後すぐにウェドナホテルに引き上げたが、僕は名和田先生、幸田さんにビールをおつきあいして、お別れしたのが午後11時過ぎ。長い1日でさすがに疲れた。
23日(火)も、やはり朝8時半過ぎにホテルを出てケンピンスキーホテルで幸田さん、名和田先生と待ち合わせ、9時頃に出発し、今度は歩いてハンブルク市役所へ。しかし、到着して受け付けで用務を告げると、実はそこは旧市庁舎であって、ヒアリング相手のいる庁舎と違っていることが判明。あわててタクシーに乗り、本来の市役所へ。なんとか約束時間の9時半を5分ほど遅れたくらいで到着。ここで、市財務次官のDr. Manfred Jaeger氏、Tom Oelrichs氏、Harald Fritze氏からヒアリング。やりかたはアルトナ区役所の時と同様に、幸田さん、名和田先生からの質問と相手からの答えをキルヒナーさんが通訳するスタイル。テーマは市から区への交付金関係が主。しかし今回の場合、事前に相手方に質問を送っておいたところ、ドイツ語での詳細な回答文があらかじめ用意されており、それにそって回答が行われたため、通訳のキルヒナーさんの負担は大変だった様子。
本来1時間程度の約束が、結局2時間お相手してくださり、終了したのが午前11時半頃。終了後、4人で市役所近くのイタリアンレストランに行き、昼食。
実は、このドイツ出張では、日曜日の夜に出かけたため私服で来ており、背広やネクタイはsuitcaseに詰めていた。しかし、直前に詰め込む予定にしていたワイシャツを入れ忘れ、ワイシャツを1枚も持っていなかったため、初日全部と2日目の午前中、すべて日曜日に着ていった服のまますごしていた。日曜日にワイシャツを忘れたことに気づいたときには、途中の空いた時間に購入して着替えるつもりでいたのだけれど、そんな時間はどこにもないまま2日目の昼。昼食後、コーヒータイムになってようやくほんの少しだけ時間ができたので、その間にダッシュで近くのH&Mに行き、手近なものを2枚だけ購入。鞄に詰め込んでまたレストランに戻った。ただ、とてもホテルまで戻って着替える時間はなく、結局この日も1日中日曜日からの服のまま過ごすことに。
昼食後、午後2時から、文化施設のMOTTEを視察。ここは、なかなか一言では説明しにくいのだけれど、子供たち相手にドイツの伝統的な職業技術・技能を教えるような機能を持った施設。古い施設の中に、活版印刷、陶磁器、木工、自転車修理、音楽編集などを教えることができる部屋があったり、絵画、演劇、ラジオ、音楽演奏ができる部屋があったりして、ここにボランティアの先生たちが多数来て、子供たちに様々な技能を教えているとのこと。いかにもドイツらしいアイデアで、おもしろかった。
視察後、名和田先生はブレーメンでの用務があるためいったんお別れし、幸田さん、キルヒナーさんと3人で、Uバーンに乗ってハルブルク区議会へ。昨日は区議会の委員会だったけれど、この日は区議会そのものの傍聴。午後5時半に始まり、午後9時半までの審議。昨日のことがあったので、今回はキルヒナーさんに、幸田さんと僕との間に入ってもらったけれど、現実問題としては議会の審議の真っ最中にそれほど通訳してもらうこともできず、やはりほとんどはちんぷんかんぷんのままの傍聴だった。終了後、区議会議長さんにインタビューしたいとの幸田さんからのご要望で、4人で近くのレストランバーに行って、軽食を取りながらインタビュー。終わったのが午後10時半近く。Uバーンに乗って引き上げ、ホテルに戻ったのが、やはり午後11時過ぎ。この日も大変だった。
24日(水)は、ホテルをチェックアウトし、荷物だけ預けて再度午前10時にハンブルク市役所へ。昨日の財務次官からの話では十分聞けなかった区への補助金交付実務についての細部について再度調査するため、直接担当している職員に時間を割いてもらってヒアリング。ヒアリング終了後、やはり近くのイタリアンレストラン(昨日とは違う店)に行って昼食。
この日は、午後3時からハンブルク市議会本会議があり、その傍聴が予定されていたが、傍聴券が結局2枚しか手に入らなかったとのことで、幸田さんとキルヒナーさんのみ傍聴し、僕は一足先にベルリンに向かうことに。
午後2時頃市議会前で2人と別れ、ホテルで荷物を受け取った後、中央駅でICTの切符を購入し、そのままベルリンへ。ICTは非常に揺れも少なく、早くて快適で、わずか1時間20分ほどでベルリンに到着。Sバーンでハッケシャー・マルクト駅に行き、以前キルヒナーさんと泊まったホテル・ハッケシャーマルクトにチェックイン。ロンドンから直接ベルリンに来ているはずの引場さんに連絡を取ると、今市内を回っているところとのことで、午後6時半に国立オペラハウス(シュタット・オーバー)前で待ち合わせて一緒に夕食&オペラ観劇をすることに。
オペラ座近くのレストランでいかにもドイツ風の夕食&ビールを取った後、午後7時半からファウストを観劇。おそらくイタリア語の台詞にドイツ語字幕でのオペラで、演出も実にモダン。ファウストの筋を全く知らなかったら、ちょっとついて行けなかったかも。しかし、3日間仕事詰めでさすがに疲れたので、1幕が終わったらそこで出て、2人でパブに行ってビールを少し飲んでホテルに戻った。
キルヒナーさんの用務も無事に終わったようで、ちょうど1幕が終わったときにテキストが入り、ホテルにチェックインしたとのこと。翌日午前中は仕事を入れていなかったので、正午にホテルで待ち合わせることだけを決めた。
25日(木)は、午前中ホテルでゆっくりした後、11時頃から1時間ほどホテル近くの博物館島あたりを1人で散策。12時にホテルに戻って引場さん、キルヒナーさんと落ち合い、3人でハッケシャーホーフのカジュアルなレストランへ行き、ランチ。本来、25日午前中にも仕事を入れる予定でいたのだけれど、結局アポを取った先との時間の調整がうまくつかず、ここが空いてしまった。しかし、結果としてはそれで大正解。ハンブルクでの日程が1日14時間労働であまりにもきつかったため、ここでようやく一息つけた感じ。
地下鉄に乗って、シュタート・ミッテ駅まで行き、そこから15分ほど歩いて、午後2時過ぎにドイツ都市問題研究所(DIFU - Deutsches Institut fur Urbanistik)に到着。ここで1時間ほど、Prof.. Klaus J. Beckmann所長、経済財政担当のDr. Beate Hollbach-Groemigさんにヒアリング。テーマは、来年事務所で企画している「ドイツの地方自治」改訂について、DIFUに情報提供等を依頼することができるかどうかについて。快諾していただいた。また、DIFUという組織そのものも、ドイツの地方自治体自らが設立したシンクタンクというユニークなものなので、これ自体もドイツの地方自治に盛り込むとおもしろいかもしれないというアイデアも湧いた。
ヒアリング終了後、バスに乗ってポツダム広場方面に行き、そこから歩いてヒロシマ・シュトラーセにある在独日本大使館へ向かう。午後4時半に広報担当の三好真理公使に面談する約束だったのだが、大使館からの連絡で、公使に後の予定が入ったため、できれば早く来てほしいとのこと。午後4時頃には大使館に着き、すぐに三好公使と山崎一等書記官との打ち合わせに入った。
テーマは、2011年に日独友好150周年の記念イベントが催されるとのことを聞いたので、JLGCとして貢献できることがないかどうかについて。JLGCからの提案は、イギリスでは日英ローカルリンク会議というのを開いてみたところ、なかなか好評だったので、ドイツでも実施してみてはどうか、というものだったのだけれど、三好公使はかなり興味をそそられたご様子で、ぜひ実現させましょうとのお言葉。公使の方からは、JETではせっかくドイツで優秀な若者をリクルートしても、実際に日本に行ける数が非常に少なく、もったいない。もっと受け入れを増やせないかとの要望があり、たとえばドイツと姉妹都市関係にある日本の都市での受け入れをもっと積極的に働きかけることはできないか、といった提案があり、本部に提案してみますと約束。
公使との話し合いを終えた後、山崎書記官と「ドイツの地方自治」の改訂について打ち合わせ。山崎書記官自身、スイスからベルリンに赴任してきた際、「ドイツの地方自治」の存在をたまたまWebで知り、これが着任直後の勉強に非常に役立ったという体験談を話され、今後の協力についても快諾。
大使館とのやりとりは、実に建設的な内容だった。
大使館を出た後、いったんホテルに戻り、夕食へ。夕食は、キルヒナーさんの提案で、以前ドイツのJETAAたちと懇談をした「五行(Goko)」という日本食レストラン、というか、実態は居酒屋。ホテルのすぐ近くにあり、なかなかおいしい。
さらに近くのスーパーでワインを買って、ホテルの部屋で引場さんと2人で飲んだ。
ちなみに、ドイツ時間の翌朝午前4時から、ユーロスポーツチャンネルでバンクーバー冬季オリンピックの女子フィギアスケートのフリースタイルがあったため、目覚ましで起きてテレビ観戦。キム・ヨナのものすごい演技を生で見ることに成功。さすがに眠たかったけれど。
26日(金)は、ホテルをチェックアウトした後、午前9時にベルリンを出て、Sバーンでポツダムへ。午前10時からポツダム大学で打ち合わせ。主な話題は、もちろん「ドイツの地方自治」の改訂についての大学との協力関係について。こちらから現在時点での構想を話した後、質疑。大学側から、盛り込んだ方がいいと思われる事項等についての提案を行いましょうとのこと。こちらの話し合いも、なかなか順調に終わった。
大学での打ち合わせ終了後、現在うちの調査を引き受けてくれているテスマンさんのご案内で、世代間交流施設を視察。東ドイツ時代に建設された建物をリニューアルして使っているとのことで、湖に面した非常にいいロケーションのゆったりした施設。やはりMOTTE同様に、単にハコを作って終わりというのではなく、施設内でいろいろなアクティビティが行われ、学校教育との協力や生涯教育などに幅広く利用されているとのこと。 非常に立派なホールやスタジオなどもあり、逆にちょっと立派すぎて、維持費は大丈夫なのかなと心配になるほど。熱心に説明してくれ、非常に暖かく迎えていただいた。
施設終了後、タクシーでポツダム中央駅に行き、そこでテスマンさんと分かれてSバーンに。途中絵できキルヒナーさんとも別れ、引場さんと2人でツォー駅で降りてバスでテーゲル空港へ。午後7時20分の飛行機に乗ってロンドンに戻り、ようやく長かったドイツ出張が終わった。
27日(土)は、1週間の出張帰りでちょっとしんどかったけれど、昨年も行った「第5回大学生のための日本語スピーチコンテスト」を見に行ってきた(パンフレットのPDF版はこちら)。午後1時からSOASのThe Khalili Theatre という教室で行われたのだけれど、会場は応援の学生たちなどで満員。去年もそうだったけれど、今年も非常にレベルが高く、おもしろかった。
今年からスタートした「団体競技」の「グループ・プレゼンテーション」というものも、実に楽しかった。たしか100以上のグループが参加して、そこから勝ち抜いた4組だけがこの日のプレゼンテーションに参加できたとのことで、どのグループもinformativeで笑いのツボも心得ており、実に秀逸。来年以降もぜひ続けてほしい。
もちろん、本編のコンテストの方も秀逸で、カテゴリー2(選択科目による日本語履修者)で優勝したWilliam Kwang Won Kimさんの「特許の副作用」、カテゴリー1(専攻科目による日本語履修者)で優勝したAntoni Slodkowskiさんの「ODA 政策の政治的・社会的影響:日本はどう世界に貢献すべきか」とも、単に日本語のうまさだけでなく、話の内容も含めてすばらしいものだった。
そうこうするうちに、行政刷新会議への影響なども考えて、ブログを限定公開にすることにしたため、さらに更新のインセンティブも弱まり、ずっと更新をサボってきました。
でも、読者の方も数人確保したところなので、またぼちぼち書いていくことにします。限定公開で気楽になりましたので、自然体で行きます。
3週間分あるので、まずは2月末のドイツ出張の話から。
2月21日(日)は、まず、午後1時40分から、娘と2人で英検のスピーキングテスト(娘が3級、僕が2級)を受けにインペリアル大学へ。待ち時間は多少長かったけれど、試験そのものは結構あっさり終わり、午後3時までには帰宅。
その後、午後6時15分ヒースロー発の飛行機で、キルヒナーさんと一緒にハンブルクへ。空港からはSバーンで中央駅に行き、そこから歩いてハンブルクでの宿泊場所であるWednaホテルにチェックイン。到着が現地時間でもう夜10時半を回った頃だったので、そのまますぐに部屋に行って寝た。ホテルそのものはまあ感じのいいところだったのだけれど、部屋にはミニバーもインターネットの設備もなく、本当に寝るだけっていう感じ。
22日(月)の朝起きてシャワーを浴び、朝食に行くために部屋の鍵を閉めようとしたけれど、閉まらない。おかしいなと思って部屋番号を確認すると、なんと鍵をもらった部屋と番号が違う。昨晩、暗くて番号がよく見えなかったため隣の部屋と間違えてしまったみたい。本来オートロックのはずなのが、その部屋だけオートロックが壊れていてドアが開いた上、ベッドメークがきちんとされていたので、気づかずにそのまま寝てしまった、ということ。本来の部屋に改めて荷物を移し、鍵をかけてフロントへ。昨晩部屋を間違えて使ったことを断って、 朝食を取った。
昨晩、ホテルに到着した際、今回の調査旅行でご一緒する地方職員共済組合の幸田理事から、朝9時に法政大学の名和田教授と幸田理事の宿泊しているケンピンスキーホテルで待っていますとの連絡が入っていたため、8時40分頃キルヒナーさんとホテルを出発。出ると、外は大雪。ケンピンスキーホテルに向かって歩いていると、途中でこちらに迎えに来てくれていた幸田さんと出会う。そこで3人一緒にケンピンスキーホテルへ。ホテルで、名和田先生とご挨拶の後、これからの段取りについて打ち合わせ。
打ち合わせ後、10時過ぎにホテルを出発。Sバーンで中央駅からアルトナ駅へ。そこから歩いてアルトナ区役所へ。午前11時から、区役所で最初のヒアリング。お相手をしてくださったのは、区長のJurgen Warmke-Rose氏、Kersten Albers氏、Kerstin Godenschwege氏、そして広報担当のKersten Albersさん。主として幸田さんと名和田先生から、ハンブルクにおける都市内分権の制度や実務、財政事情などについて質疑。それをキルヒナーさんが通訳というスタイル。
午後1時から2時頃まで、ヒアリングでお相手してくださった方々と川縁のレストランで昼食。景色もよく、おいしい食事だった。
午後2時過ぎからは、アルトナ区議会の政党リーダーたちからのヒアリング。CDU、FDP、緑の党、SPDといった主要政党の区議たちとそれぞれ30分ずつ程度。ただ、実際には時間をオーバーしたり、約束の時間より遅れてきたりした人たちがいたため、終了したのは午後5時過ぎ。
終了後、今度は区議会環境・計画委員会の審議の傍聴のため、別庁舎へ。こちらでの議会審議は、もっぱら夕刻から夜に行われる。会議の場所に行ってみると、ドイツと日本の小さな国旗がテーブルに置かれていたりして、とても歓待ムード。午後9時過ぎまでの審議を傍聴した。ただ、名和田先生はブレーメンで3年間すごされているためドイツ語がわかり、幸田さんにはキルヒナーさんが通訳についているのでよかったのだけれど、僕は結局まったくちんぷんかんぷんのまま単に座っていただけ。ただ、それでも審議の雰囲気は感じ取ることができて、それなりにおもしろかったけれど。
終了後、Sバーンに乗って名和田先生・幸田さんの泊まっているケンピンスキーホテルまで戻ったときには、すでに午後10時を回っていた。そのホテルで、4人でようやく遅い夕食。かなりおなかがすいた。キルヒナーさんはさすがに食事後すぐにウェドナホテルに引き上げたが、僕は名和田先生、幸田さんにビールをおつきあいして、お別れしたのが午後11時過ぎ。長い1日でさすがに疲れた。
23日(火)も、やはり朝8時半過ぎにホテルを出てケンピンスキーホテルで幸田さん、名和田先生と待ち合わせ、9時頃に出発し、今度は歩いてハンブルク市役所へ。しかし、到着して受け付けで用務を告げると、実はそこは旧市庁舎であって、ヒアリング相手のいる庁舎と違っていることが判明。あわててタクシーに乗り、本来の市役所へ。なんとか約束時間の9時半を5分ほど遅れたくらいで到着。ここで、市財務次官のDr. Manfred Jaeger氏、Tom Oelrichs氏、Harald Fritze氏からヒアリング。やりかたはアルトナ区役所の時と同様に、幸田さん、名和田先生からの質問と相手からの答えをキルヒナーさんが通訳するスタイル。テーマは市から区への交付金関係が主。しかし今回の場合、事前に相手方に質問を送っておいたところ、ドイツ語での詳細な回答文があらかじめ用意されており、それにそって回答が行われたため、通訳のキルヒナーさんの負担は大変だった様子。
本来1時間程度の約束が、結局2時間お相手してくださり、終了したのが午前11時半頃。終了後、4人で市役所近くのイタリアンレストランに行き、昼食。
実は、このドイツ出張では、日曜日の夜に出かけたため私服で来ており、背広やネクタイはsuitcaseに詰めていた。しかし、直前に詰め込む予定にしていたワイシャツを入れ忘れ、ワイシャツを1枚も持っていなかったため、初日全部と2日目の午前中、すべて日曜日に着ていった服のまますごしていた。日曜日にワイシャツを忘れたことに気づいたときには、途中の空いた時間に購入して着替えるつもりでいたのだけれど、そんな時間はどこにもないまま2日目の昼。昼食後、コーヒータイムになってようやくほんの少しだけ時間ができたので、その間にダッシュで近くのH&Mに行き、手近なものを2枚だけ購入。鞄に詰め込んでまたレストランに戻った。ただ、とてもホテルまで戻って着替える時間はなく、結局この日も1日中日曜日からの服のまま過ごすことに。
昼食後、午後2時から、文化施設のMOTTEを視察。ここは、なかなか一言では説明しにくいのだけれど、子供たち相手にドイツの伝統的な職業技術・技能を教えるような機能を持った施設。古い施設の中に、活版印刷、陶磁器、木工、自転車修理、音楽編集などを教えることができる部屋があったり、絵画、演劇、ラジオ、音楽演奏ができる部屋があったりして、ここにボランティアの先生たちが多数来て、子供たちに様々な技能を教えているとのこと。いかにもドイツらしいアイデアで、おもしろかった。
視察後、名和田先生はブレーメンでの用務があるためいったんお別れし、幸田さん、キルヒナーさんと3人で、Uバーンに乗ってハルブルク区議会へ。昨日は区議会の委員会だったけれど、この日は区議会そのものの傍聴。午後5時半に始まり、午後9時半までの審議。昨日のことがあったので、今回はキルヒナーさんに、幸田さんと僕との間に入ってもらったけれど、現実問題としては議会の審議の真っ最中にそれほど通訳してもらうこともできず、やはりほとんどはちんぷんかんぷんのままの傍聴だった。終了後、区議会議長さんにインタビューしたいとの幸田さんからのご要望で、4人で近くのレストランバーに行って、軽食を取りながらインタビュー。終わったのが午後10時半近く。Uバーンに乗って引き上げ、ホテルに戻ったのが、やはり午後11時過ぎ。この日も大変だった。
24日(水)は、ホテルをチェックアウトし、荷物だけ預けて再度午前10時にハンブルク市役所へ。昨日の財務次官からの話では十分聞けなかった区への補助金交付実務についての細部について再度調査するため、直接担当している職員に時間を割いてもらってヒアリング。ヒアリング終了後、やはり近くのイタリアンレストラン(昨日とは違う店)に行って昼食。
この日は、午後3時からハンブルク市議会本会議があり、その傍聴が予定されていたが、傍聴券が結局2枚しか手に入らなかったとのことで、幸田さんとキルヒナーさんのみ傍聴し、僕は一足先にベルリンに向かうことに。
午後2時頃市議会前で2人と別れ、ホテルで荷物を受け取った後、中央駅でICTの切符を購入し、そのままベルリンへ。ICTは非常に揺れも少なく、早くて快適で、わずか1時間20分ほどでベルリンに到着。Sバーンでハッケシャー・マルクト駅に行き、以前キルヒナーさんと泊まったホテル・ハッケシャーマルクトにチェックイン。ロンドンから直接ベルリンに来ているはずの引場さんに連絡を取ると、今市内を回っているところとのことで、午後6時半に国立オペラハウス(シュタット・オーバー)前で待ち合わせて一緒に夕食&オペラ観劇をすることに。
オペラ座近くのレストランでいかにもドイツ風の夕食&ビールを取った後、午後7時半からファウストを観劇。おそらくイタリア語の台詞にドイツ語字幕でのオペラで、演出も実にモダン。ファウストの筋を全く知らなかったら、ちょっとついて行けなかったかも。しかし、3日間仕事詰めでさすがに疲れたので、1幕が終わったらそこで出て、2人でパブに行ってビールを少し飲んでホテルに戻った。
キルヒナーさんの用務も無事に終わったようで、ちょうど1幕が終わったときにテキストが入り、ホテルにチェックインしたとのこと。翌日午前中は仕事を入れていなかったので、正午にホテルで待ち合わせることだけを決めた。
25日(木)は、午前中ホテルでゆっくりした後、11時頃から1時間ほどホテル近くの博物館島あたりを1人で散策。12時にホテルに戻って引場さん、キルヒナーさんと落ち合い、3人でハッケシャーホーフのカジュアルなレストランへ行き、ランチ。本来、25日午前中にも仕事を入れる予定でいたのだけれど、結局アポを取った先との時間の調整がうまくつかず、ここが空いてしまった。しかし、結果としてはそれで大正解。ハンブルクでの日程が1日14時間労働であまりにもきつかったため、ここでようやく一息つけた感じ。
地下鉄に乗って、シュタート・ミッテ駅まで行き、そこから15分ほど歩いて、午後2時過ぎにドイツ都市問題研究所(DIFU - Deutsches Institut fur Urbanistik)に到着。ここで1時間ほど、Prof.. Klaus J. Beckmann所長、経済財政担当のDr. Beate Hollbach-Groemigさんにヒアリング。テーマは、来年事務所で企画している「ドイツの地方自治」改訂について、DIFUに情報提供等を依頼することができるかどうかについて。快諾していただいた。また、DIFUという組織そのものも、ドイツの地方自治体自らが設立したシンクタンクというユニークなものなので、これ自体もドイツの地方自治に盛り込むとおもしろいかもしれないというアイデアも湧いた。
ヒアリング終了後、バスに乗ってポツダム広場方面に行き、そこから歩いてヒロシマ・シュトラーセにある在独日本大使館へ向かう。午後4時半に広報担当の三好真理公使に面談する約束だったのだが、大使館からの連絡で、公使に後の予定が入ったため、できれば早く来てほしいとのこと。午後4時頃には大使館に着き、すぐに三好公使と山崎一等書記官との打ち合わせに入った。
テーマは、2011年に日独友好150周年の記念イベントが催されるとのことを聞いたので、JLGCとして貢献できることがないかどうかについて。JLGCからの提案は、イギリスでは日英ローカルリンク会議というのを開いてみたところ、なかなか好評だったので、ドイツでも実施してみてはどうか、というものだったのだけれど、三好公使はかなり興味をそそられたご様子で、ぜひ実現させましょうとのお言葉。公使の方からは、JETではせっかくドイツで優秀な若者をリクルートしても、実際に日本に行ける数が非常に少なく、もったいない。もっと受け入れを増やせないかとの要望があり、たとえばドイツと姉妹都市関係にある日本の都市での受け入れをもっと積極的に働きかけることはできないか、といった提案があり、本部に提案してみますと約束。
公使との話し合いを終えた後、山崎書記官と「ドイツの地方自治」の改訂について打ち合わせ。山崎書記官自身、スイスからベルリンに赴任してきた際、「ドイツの地方自治」の存在をたまたまWebで知り、これが着任直後の勉強に非常に役立ったという体験談を話され、今後の協力についても快諾。
大使館とのやりとりは、実に建設的な内容だった。
大使館を出た後、いったんホテルに戻り、夕食へ。夕食は、キルヒナーさんの提案で、以前ドイツのJETAAたちと懇談をした「五行(Goko)」という日本食レストラン、というか、実態は居酒屋。ホテルのすぐ近くにあり、なかなかおいしい。
さらに近くのスーパーでワインを買って、ホテルの部屋で引場さんと2人で飲んだ。
ちなみに、ドイツ時間の翌朝午前4時から、ユーロスポーツチャンネルでバンクーバー冬季オリンピックの女子フィギアスケートのフリースタイルがあったため、目覚ましで起きてテレビ観戦。キム・ヨナのものすごい演技を生で見ることに成功。さすがに眠たかったけれど。
26日(金)は、ホテルをチェックアウトした後、午前9時にベルリンを出て、Sバーンでポツダムへ。午前10時からポツダム大学で打ち合わせ。主な話題は、もちろん「ドイツの地方自治」の改訂についての大学との協力関係について。こちらから現在時点での構想を話した後、質疑。大学側から、盛り込んだ方がいいと思われる事項等についての提案を行いましょうとのこと。こちらの話し合いも、なかなか順調に終わった。
大学での打ち合わせ終了後、現在うちの調査を引き受けてくれているテスマンさんのご案内で、世代間交流施設を視察。東ドイツ時代に建設された建物をリニューアルして使っているとのことで、湖に面した非常にいいロケーションのゆったりした施設。やはりMOTTE同様に、単にハコを作って終わりというのではなく、施設内でいろいろなアクティビティが行われ、学校教育との協力や生涯教育などに幅広く利用されているとのこと。 非常に立派なホールやスタジオなどもあり、逆にちょっと立派すぎて、維持費は大丈夫なのかなと心配になるほど。熱心に説明してくれ、非常に暖かく迎えていただいた。
施設終了後、タクシーでポツダム中央駅に行き、そこでテスマンさんと分かれてSバーンに。途中絵できキルヒナーさんとも別れ、引場さんと2人でツォー駅で降りてバスでテーゲル空港へ。午後7時20分の飛行機に乗ってロンドンに戻り、ようやく長かったドイツ出張が終わった。
27日(土)は、1週間の出張帰りでちょっとしんどかったけれど、昨年も行った「第5回大学生のための日本語スピーチコンテスト」を見に行ってきた(パンフレットのPDF版はこちら)。午後1時からSOASのThe Khalili Theatre という教室で行われたのだけれど、会場は応援の学生たちなどで満員。去年もそうだったけれど、今年も非常にレベルが高く、おもしろかった。
今年からスタートした「団体競技」の「グループ・プレゼンテーション」というものも、実に楽しかった。たしか100以上のグループが参加して、そこから勝ち抜いた4組だけがこの日のプレゼンテーションに参加できたとのことで、どのグループもinformativeで笑いのツボも心得ており、実に秀逸。来年以降もぜひ続けてほしい。
もちろん、本編のコンテストの方も秀逸で、カテゴリー2(選択科目による日本語履修者)で優勝したWilliam Kwang Won Kimさんの「特許の副作用」、カテゴリー1(専攻科目による日本語履修者)で優勝したAntoni Slodkowskiさんの「ODA 政策の政治的・社会的影響:日本はどう世界に貢献すべきか」とも、単に日本語のうまさだけでなく、話の内容も含めてすばらしいものだった。
2010年2月21日日曜日
2月15日~21日
15日(月)から16日(火)にかけて、ダブリンでJETAAアイルランド支部主催のパブクイズイベントが開催されたので、それの出席に出席するとともにアイルランド支部の幹部たちとの意見交換を行うため、小川所長補佐、フィリパ調査助手と一緒に、アイルランドに出張してきました。
行きは15日午前10時半頃事務所を出発して、午後1時ロンドン・シティ・エアポート発のシティジェットでダブリンへ。空港からはバスでダブリン市内に入り、ホテルにチェックイン。夕方の意見交換会までの時間を利用して、Guinnes Storehouse の見学に行ってきました。さすが世界のギネスビールの総本山と言った感じで、テーマパーク風の派手な演出でなかなかおもしろくビース製造の過程を見せてくれます。日本のメーカーのこの手の物は、概して真面目でおとなしめですが、むしろこれくらいエンターテイメントに徹した方がいいんだなと勉強になりました。
その後、午後6時から地元のタイレストラン「HOK」でJETAAとの意見交換会。代表のTaraに加え、Charls、Kittyのメンバー3人はすべて女性。みな明るく元気が良くて、とても頼もしい感じ。3人がどこでJETの経験をしてきたのか、アイルランドでどのような活動を行っているのか、クレアからの補助金への要望はないかなど、パブクイズイベントまでのわずか1時間少々の時間だけでしたが、楽しく有意義に意見交換してきました。
そして午後7時半からは、アイルランドパブでのクイズイベント。地元のJETAAに加えて、アイルランド私立大学留学中の日本人学生やワーキングホリデーでこちらに来ている日本人なども加わった総勢20人あまりのメンバーが、4~5人ずつのチームに分かれて、日本やアイルランドに関連する様々なジャンルのクイズを解くのを競い合うイベントです。JETAAのメンバーのひとりと、Japan Foundationから派遣されてこちらで日本語を教えておられる茅本さんとのお二人で合計50問(もっとだったかな)の問題を出題。メンバーのみんなで知恵を出しあってクイズにチャレンジする体験は、コミュニケーションを深めるのに最適。すばらしいイベントでした。
16日(火)は、午前7時35分の飛行機に乗るため、午前5時半にホテルをチャックアウト。タクシーで空港に向かい、午前6時に空港に着きました。セキュリティチェックを終え、喫茶店で時間を潰し、搭乗開始時刻の少し前の7時に搭乗口に行ったのですが、実はそれからが大変でした。
ダブリン空港の205番搭乗口に行ってみると、6時35分出発予定だった前の飛行機がまだ飛んでいない状態で、当然ながら僕たちの乗る便もDelayの表示。しばらく待っていると、搭乗口を変更することにしたとのアナウンス。で変更先の209番搭乗口に移動すると、どうやら20分遅れ程度で出発する表示に。やれやれと思ってそこで待っていると、突然表示が消え、便がキャンセルになったとのアナウンス。今後の振替については、改めて205番搭乗口で案内するとのこと。あわてて205番に戻ると、こちらもまだ6時35分の便が出発していない状態。一体いつになったらロンドン行きの便に乗れるのかと、一瞬目の前が真っ暗になりました。
でも、しばらくすると、ようやく6時35分の便の搭乗案内が始まりました。一応ダメ元で列に並んでいると、その便の搭乗手続きが終わった後、引き続いて空き席に7時35分の乗客の手続きがスタート。「ダメ元」が無駄にならず、うまく3人とも滑り込むことに成功。なんとか8時40分にダブリンを飛び立つことができ、その日の午前中のうちに無事ロンドン事務所に戻りました。
まったくこちらでの旅行は、油断もすきもありません。
17日(水)から19日(金)にかけては、大使館で行われた来年度に派遣されるJET CIR面接のため、大使館に缶詰。松永一等書記官と昨年も面接官をされていた元JETのフィオナさんと3人で、合計16人の候補者の面接を行いました。日本で働きたいという熱心な気持ちを持っている若者たちと接することはとてもうれしいもので、こちらも元気づけられます。全員がCIRになれればいいのですが、そうもいかないので点数をつけなければならないのが、ちょっとつらいところです。
また、19日(金)の面接に出かける前、朝9時半には、JETROで今度日本にお帰りになる長谷部次長さんが、後任の栗田さんをお連れになって事務所にお見えになりました。長谷部次長さんには、英国の不動産事情等これまでいろいろ面白い話を聞かせていただき、とても勉強になりました。事業仕分け等で大変な時代ですが、日本でのご活躍も期待しています。
20日(土)は、JETAA UK年次総会に出席するため、小川所長補佐、キース、フィリパと一緒にカーディフへ。朝9時45分パディントン発の電車に乗り、12時10分カーディフ・セントラル駅着。そのままタクシーで会場である The Future Inns in Cardiff Bay に直行。今回の会議をセットしてくれたウェールズ支部のニールやUK代表のジョシーほか、すでに到着していたメンバー達と少し雑談した後、午後1時に会議室に入って昼食。その間に大使館から松永一等書記官とJETデスクの根本さんも到着。
午後1時半からミーティングスタート。様々な活動発表や議論などが行われて、午後5時15分頃終了。
その後6時20分まで休憩した後、皆でヒストリック・パブに繰り出しました。
本来、その後午後8時から大使館主催のパーティがあり、カーディフに宿泊した後21日(日)にも2日目の会議が行われたのですが、僕は日曜日には別の予定が入っていたため、パブでみなと別れ、午後8時25分カーディフ・セントラル駅発の電車でロンドンに戻りました。
行きは15日午前10時半頃事務所を出発して、午後1時ロンドン・シティ・エアポート発のシティジェットでダブリンへ。空港からはバスでダブリン市内に入り、ホテルにチェックイン。夕方の意見交換会までの時間を利用して、Guinnes Storehouse の見学に行ってきました。さすが世界のギネスビールの総本山と言った感じで、テーマパーク風の派手な演出でなかなかおもしろくビース製造の過程を見せてくれます。日本のメーカーのこの手の物は、概して真面目でおとなしめですが、むしろこれくらいエンターテイメントに徹した方がいいんだなと勉強になりました。
その後、午後6時から地元のタイレストラン「HOK」でJETAAとの意見交換会。代表のTaraに加え、Charls、Kittyのメンバー3人はすべて女性。みな明るく元気が良くて、とても頼もしい感じ。3人がどこでJETの経験をしてきたのか、アイルランドでどのような活動を行っているのか、クレアからの補助金への要望はないかなど、パブクイズイベントまでのわずか1時間少々の時間だけでしたが、楽しく有意義に意見交換してきました。
そして午後7時半からは、アイルランドパブでのクイズイベント。地元のJETAAに加えて、アイルランド私立大学留学中の日本人学生やワーキングホリデーでこちらに来ている日本人なども加わった総勢20人あまりのメンバーが、4~5人ずつのチームに分かれて、日本やアイルランドに関連する様々なジャンルのクイズを解くのを競い合うイベントです。JETAAのメンバーのひとりと、Japan Foundationから派遣されてこちらで日本語を教えておられる茅本さんとのお二人で合計50問(もっとだったかな)の問題を出題。メンバーのみんなで知恵を出しあってクイズにチャレンジする体験は、コミュニケーションを深めるのに最適。すばらしいイベントでした。
16日(火)は、午前7時35分の飛行機に乗るため、午前5時半にホテルをチャックアウト。タクシーで空港に向かい、午前6時に空港に着きました。セキュリティチェックを終え、喫茶店で時間を潰し、搭乗開始時刻の少し前の7時に搭乗口に行ったのですが、実はそれからが大変でした。
ダブリン空港の205番搭乗口に行ってみると、6時35分出発予定だった前の飛行機がまだ飛んでいない状態で、当然ながら僕たちの乗る便もDelayの表示。しばらく待っていると、搭乗口を変更することにしたとのアナウンス。で変更先の209番搭乗口に移動すると、どうやら20分遅れ程度で出発する表示に。やれやれと思ってそこで待っていると、突然表示が消え、便がキャンセルになったとのアナウンス。今後の振替については、改めて205番搭乗口で案内するとのこと。あわてて205番に戻ると、こちらもまだ6時35分の便が出発していない状態。一体いつになったらロンドン行きの便に乗れるのかと、一瞬目の前が真っ暗になりました。
でも、しばらくすると、ようやく6時35分の便の搭乗案内が始まりました。一応ダメ元で列に並んでいると、その便の搭乗手続きが終わった後、引き続いて空き席に7時35分の乗客の手続きがスタート。「ダメ元」が無駄にならず、うまく3人とも滑り込むことに成功。なんとか8時40分にダブリンを飛び立つことができ、その日の午前中のうちに無事ロンドン事務所に戻りました。
まったくこちらでの旅行は、油断もすきもありません。
17日(水)から19日(金)にかけては、大使館で行われた来年度に派遣されるJET CIR面接のため、大使館に缶詰。松永一等書記官と昨年も面接官をされていた元JETのフィオナさんと3人で、合計16人の候補者の面接を行いました。日本で働きたいという熱心な気持ちを持っている若者たちと接することはとてもうれしいもので、こちらも元気づけられます。全員がCIRになれればいいのですが、そうもいかないので点数をつけなければならないのが、ちょっとつらいところです。
また、19日(金)の面接に出かける前、朝9時半には、JETROで今度日本にお帰りになる長谷部次長さんが、後任の栗田さんをお連れになって事務所にお見えになりました。長谷部次長さんには、英国の不動産事情等これまでいろいろ面白い話を聞かせていただき、とても勉強になりました。事業仕分け等で大変な時代ですが、日本でのご活躍も期待しています。
20日(土)は、JETAA UK年次総会に出席するため、小川所長補佐、キース、フィリパと一緒にカーディフへ。朝9時45分パディントン発の電車に乗り、12時10分カーディフ・セントラル駅着。そのままタクシーで会場である The Future Inns in Cardiff Bay に直行。今回の会議をセットしてくれたウェールズ支部のニールやUK代表のジョシーほか、すでに到着していたメンバー達と少し雑談した後、午後1時に会議室に入って昼食。その間に大使館から松永一等書記官とJETデスクの根本さんも到着。
午後1時半からミーティングスタート。様々な活動発表や議論などが行われて、午後5時15分頃終了。
その後6時20分まで休憩した後、皆でヒストリック・パブに繰り出しました。
本来、その後午後8時から大使館主催のパーティがあり、カーディフに宿泊した後21日(日)にも2日目の会議が行われたのですが、僕は日曜日には別の予定が入っていたため、パブでみなと別れ、午後8時25分カーディフ・セントラル駅発の電車でロンドンに戻りました。
2010年2月14日日曜日
2月8日~14日
2月8日(月)には、驚いたことに先週まで苦しみ続けていたUK Visaの手続き問題が、一気に解決しました。
その顛末については、最初ここに書き残しておこうと思っていましたが、あまりに豪快な解決過ぎて、公開の場に本当に書いてしまっていいものやらちょっと悩ましく思いましたので、ごくさわりだけ。
Visaの手続きに必要なオンラインデータベースの入力について、事務所のスポンサーとしての有効期限の問題、操作権限者指定の問題が立ちふさがり、肝心の来年度受け入れる予定の職員の情報入力そのものをさせてもらうことができず、それができるようになるためには、上の2つの問題をまずクリアしなければならず、一体それにどれくらいの期間がかかるのかも全く分からない、というのが先週の状況だったのですが、ローカルスタッフのキースと僕とで、担当のところにメールでの苦情の波状攻撃を送ったところ、最終的に先方があっさりと折れて、あっという間に手続き完了。操作権限者としてのキースの登録、事務所のスポンサー有効期限の延長手続きが一気に終わり、8日中にキースが新規派遣職員の人事情報の入力を終えてVisa申請に必要な書類のダウンロードも終了。本部への送付をこの日中に終えて、一気に片付きました。
それにしても、イギリスと言うのは本当に「交渉次第」のところだと、改めて痛感した次第です。
その他では、この週には来年度採用者を含めた事務分掌の配分打ち合わせを事務所内でもっぱらやっており、外での会議等は全体的に少なめでした。
その顛末については、最初ここに書き残しておこうと思っていましたが、あまりに豪快な解決過ぎて、公開の場に本当に書いてしまっていいものやらちょっと悩ましく思いましたので、ごくさわりだけ。
Visaの手続きに必要なオンラインデータベースの入力について、事務所のスポンサーとしての有効期限の問題、操作権限者指定の問題が立ちふさがり、肝心の来年度受け入れる予定の職員の情報入力そのものをさせてもらうことができず、それができるようになるためには、上の2つの問題をまずクリアしなければならず、一体それにどれくらいの期間がかかるのかも全く分からない、というのが先週の状況だったのですが、ローカルスタッフのキースと僕とで、担当のところにメールでの苦情の波状攻撃を送ったところ、最終的に先方があっさりと折れて、あっという間に手続き完了。操作権限者としてのキースの登録、事務所のスポンサー有効期限の延長手続きが一気に終わり、8日中にキースが新規派遣職員の人事情報の入力を終えてVisa申請に必要な書類のダウンロードも終了。本部への送付をこの日中に終えて、一気に片付きました。
それにしても、イギリスと言うのは本当に「交渉次第」のところだと、改めて痛感した次第です。
その他では、この週には来年度採用者を含めた事務分掌の配分打ち合わせを事務所内でもっぱらやっており、外での会議等は全体的に少なめでした。
2010年2月7日日曜日
2月1日~7日
2月1日から5日までの週は、珍しく事務所外での仕事が一つも入りませんでした。
来客も、3日(水)午後4時に、神奈川県ロンドン事務所としてJETROで勤務している鈴木さんのご来訪があっただけ。実に平和な1週間、のはずでした。
1日(月)には、事務所の新メンバーのフィリパが初登庁でしたが、この日は仕事を休んでいたり、外出していた職員も多かったため、週初めのミーティングは延期、2日(火)のミーティングで、フィリパの初お目見えとなりました。
この両日は、実際僕自身の仕事は結構少なくて、通常の決済や打ち合わせくらい。そこで、空き時間を利用して、今までPDFファイルのみだった「英国の地方自治」の概要版をwikiを使ってホームページ化する作業に取り組み、一通り仕上げました。こちらから見ていただくことができます。→「英国の地方自治」
来客も、3日(水)午後4時に、神奈川県ロンドン事務所としてJETROで勤務している鈴木さんのご来訪があっただけ。実に平和な1週間、のはずでした。
1日(月)には、事務所の新メンバーのフィリパが初登庁でしたが、この日は仕事を休んでいたり、外出していた職員も多かったため、週初めのミーティングは延期、2日(火)のミーティングで、フィリパの初お目見えとなりました。
この両日は、実際僕自身の仕事は結構少なくて、通常の決済や打ち合わせくらい。そこで、空き時間を利用して、今までPDFファイルのみだった「英国の地方自治」の概要版をwikiを使ってホームページ化する作業に取り組み、一通り仕上げました。こちらから見ていただくことができます。→「英国の地方自治」
2010年1月31日日曜日
1月25日~31日
1月25日(月)は、午後7時からJapan SocietyのAnnual Dinner Partyに出席。Japan Society最大のイベントで、昨年はTower Hillの「The Grange City Hotel」で。ゲストに葉加瀬太郎、高田真由子がやってきて催されたのですが、今年はHyde Park東側のPark Laneにある「Grosvenor House」で行われ、フィリップ・ネイル・マーティン氏監修による、日本人による作品、および日本にインスピレーションを受けた作品を紹介するファッションショーが目玉。三宅一生の作品に加え、彼の作品に影響を受けた若い日本人のデザイナー、イギリスでファッションデザインを学んでいる海外のデザイナーの作品がディナーの間に紹介されました。今年も500人からの参加者があったとのことで、毎年このディナーは非常に盛会。ディナー前のレセプションではおおむね今まで顔見知りの方々中心にお話し。やはりロンドン事務所からこのディナーに参加していた東京都から派遣の引場参事から聞いて後で知ったことですが、北京オリンピックで日本人で初めてフェンシングの銀メダルを取った太田雄貴もこのディナーに参加していたそうです。
26日、27日は特別なイベントはなく、事務所で仕事。「英国の地方自治」のWeb版を作りたいと思い、Wikiを使ってプロトタイプを半分ほど作成。まずまず使えそうなものができてきました。
28日(木)は、大忙し。まず、朝いくつかの事務所での仕事を片付けた後、10時半に事務所を出発して、山口次長、引場参事、キルヒナー主任調査員とともにラッセル・スクエアにある国際交流基金会議室へ。当事務所主催で午前11時開催のJapan Study Tour帰国報告会に出席。今年はちょっと参加者が少なめで、昨年11月のtour参加者のうち4人と、一昨年以前の参加者のうち3人が出席。本来あと2人出席して9人の予定だったのが、ドタキャンで最終的に7人でした。しかし、どの参加者もしっかりとコメントを述べてくれて、会議自体は非常に有意義なものでした。今年度のJSTについては、準備、実施とも申し分なかったとのことで、参加者からは非常に喜ばれ、主催者としてもとてもうれしく思いました。本部、北海道自治体のご努力に、心から感謝したいと思います。参加者であったロンドン市のカムデン区やリッチモンド区などとはすでにいい関係ができており、今回参加していただいたノーフォーク県、セント・エドマンズベリー市、エセックス県との今後の関係強化にも、大いに期待できそうです。また、日本側からは、会場をご提供いただいた国際交流基金の石田所長のほか、大使館広報文化センターから土屋次長、松村書記官にご出席いただき、JST参加者の方々と意見交換していただきました。会議の場でも出たのですが、このようなイベントを一過性のものにせず、英国と日本との今後の幅広い交流の基盤にする工夫と努力を、さらに続けていく必要がありそうです。いろいろ試みてみたいと思います。
会議終了後、午後2時半に引場参事と一緒に事務所に戻り、東京都からご来訪いただいた前田産業労働局長、小島観光部長、谷観光部副参事(シティセールス担当)と意見交換。週末にロンドンで行われるTokyo Dayのために来られたのですが、その前にうちの事務所にお寄りいただいたものです。
午後3時までお話した後、エディンバラでの用務のためにCity Airportへ行き、午後5時発の飛行機でエディンバラへ。空港から近くのホテルに行ってチェックインだけ済ませると、そのままタクシーでエディンバラ総領事公邸へ。午後6時半から開かれているパーティに、7時から合流。このパーティは、スコットランドにおけるJapan-UK 150周年記念イベントの終了記念として、総領事が企画してくださったものです。寺原総領事は、昨年秋に赴任されたのですが、お会いしたのはこれが初めて。菅沼前総領事とは会議やセミナー等でよくお会いしていたのですが、新総領事はなぜかここまでちょっとご縁がなかったのでした。でも、お話してみると、実は僕の高校の先輩にあたる方とのことで、びっくり。とても元気のいい総領事さんで、スコットランドの民族衣装であるキルトを着て、ピアノとスコティッシュ・ハープをバックにシャンソンを朗唱するというエンターテイナーぶり。総領事とのお話では、来年度エディンバラで開催される予定のJETAA International年次総会をがんばって盛り上げましょうねというようなことも。とても頼りになりそうな総領事さんです。
公邸には領事館員等含めて30人ほどが集まっており、立食で思い思いに談笑。僕は総領事のほか、やはり初めてお会いした国交省から派遣の本山領事、以前から馴染みの井上領事、グラスゴー大学の戸田先生ご夫妻、さらには戸田先生からご紹介いただいたスコットランド政府経済部長のRobert DunnさんやJetaaで元兵庫県赤穂市の赤穂高校(実はここは僕の母の卒業した高校です)で英語を教えていたJulieさんなどともお話させていただき、楽しい時間をすごしました。Robert Dunnさんとのつながりなども、今後もいろいろ役に立ちそうです。
午後9時頃にはお開きになりましたが、もうロンドンに戻る飛行機はないので、この日はこのままエディンバラのホテルに泊まりました。
29日(金)は、朝8時55分発の飛行機でロンドンに戻り、そのまま職場に直行。10時半頃オフィスに着いて、若干の事務処理をした後、12時過ぎから時事通信トップセミナーに参加。この日はやや柔らかいテーマで、ロンドン在住のバイオリニスト葉加瀬太郎氏を講師に、ミニコンサートを挟んだ講演。演奏のほか、作曲の裏話やイギリスで活動する苦心などのお話を聞きました。講演前には、欧州三菱重工の中村社長や、ランチのテーブルで同席したセコムの竹澤社長、伊藤クリニックの伊藤いずみさん、国際交流委員会マネージャーの深野(フライ)利恵子さん、ANA Sales Europe総務マネージャーのウィリアムズ美弥子さんなどとお話しました。
これでようやく2日間続いたイベントが終了。なかなかハードの2日間でした。
30日(土)は、午後から家族でTokyo City Dayへ。ウェストミンスター寺院近くのQueen Elizabeth II Conference Centreの3階で開かれた東京をプロモーションするイベントだったのですが、浮世絵や着物染の実演、展示、空手や切り紙の実演、寿司、書道の体験といった伝統的なものから、アニメの上映、ロボットやフィギュアの展示、「太鼓の達人」の体験、コスプレ写真体験などといったポップカルチャー系まで、幅広いイベントでとても楽しく仕上がっていて、感心しました。来場者は日本人より外国人の方がはるかに多く、その意味でも大成功のイベントだったのではないでしょうか。
26日、27日は特別なイベントはなく、事務所で仕事。「英国の地方自治」のWeb版を作りたいと思い、Wikiを使ってプロトタイプを半分ほど作成。まずまず使えそうなものができてきました。
28日(木)は、大忙し。まず、朝いくつかの事務所での仕事を片付けた後、10時半に事務所を出発して、山口次長、引場参事、キルヒナー主任調査員とともにラッセル・スクエアにある国際交流基金会議室へ。当事務所主催で午前11時開催のJapan Study Tour帰国報告会に出席。今年はちょっと参加者が少なめで、昨年11月のtour参加者のうち4人と、一昨年以前の参加者のうち3人が出席。本来あと2人出席して9人の予定だったのが、ドタキャンで最終的に7人でした。しかし、どの参加者もしっかりとコメントを述べてくれて、会議自体は非常に有意義なものでした。今年度のJSTについては、準備、実施とも申し分なかったとのことで、参加者からは非常に喜ばれ、主催者としてもとてもうれしく思いました。本部、北海道自治体のご努力に、心から感謝したいと思います。参加者であったロンドン市のカムデン区やリッチモンド区などとはすでにいい関係ができており、今回参加していただいたノーフォーク県、セント・エドマンズベリー市、エセックス県との今後の関係強化にも、大いに期待できそうです。また、日本側からは、会場をご提供いただいた国際交流基金の石田所長のほか、大使館広報文化センターから土屋次長、松村書記官にご出席いただき、JST参加者の方々と意見交換していただきました。会議の場でも出たのですが、このようなイベントを一過性のものにせず、英国と日本との今後の幅広い交流の基盤にする工夫と努力を、さらに続けていく必要がありそうです。いろいろ試みてみたいと思います。
会議終了後、午後2時半に引場参事と一緒に事務所に戻り、東京都からご来訪いただいた前田産業労働局長、小島観光部長、谷観光部副参事(シティセールス担当)と意見交換。週末にロンドンで行われるTokyo Dayのために来られたのですが、その前にうちの事務所にお寄りいただいたものです。
午後3時までお話した後、エディンバラでの用務のためにCity Airportへ行き、午後5時発の飛行機でエディンバラへ。空港から近くのホテルに行ってチェックインだけ済ませると、そのままタクシーでエディンバラ総領事公邸へ。午後6時半から開かれているパーティに、7時から合流。このパーティは、スコットランドにおけるJapan-UK 150周年記念イベントの終了記念として、総領事が企画してくださったものです。寺原総領事は、昨年秋に赴任されたのですが、お会いしたのはこれが初めて。菅沼前総領事とは会議やセミナー等でよくお会いしていたのですが、新総領事はなぜかここまでちょっとご縁がなかったのでした。でも、お話してみると、実は僕の高校の先輩にあたる方とのことで、びっくり。とても元気のいい総領事さんで、スコットランドの民族衣装であるキルトを着て、ピアノとスコティッシュ・ハープをバックにシャンソンを朗唱するというエンターテイナーぶり。総領事とのお話では、来年度エディンバラで開催される予定のJETAA International年次総会をがんばって盛り上げましょうねというようなことも。とても頼りになりそうな総領事さんです。
公邸には領事館員等含めて30人ほどが集まっており、立食で思い思いに談笑。僕は総領事のほか、やはり初めてお会いした国交省から派遣の本山領事、以前から馴染みの井上領事、グラスゴー大学の戸田先生ご夫妻、さらには戸田先生からご紹介いただいたスコットランド政府経済部長のRobert DunnさんやJetaaで元兵庫県赤穂市の赤穂高校(実はここは僕の母の卒業した高校です)で英語を教えていたJulieさんなどともお話させていただき、楽しい時間をすごしました。Robert Dunnさんとのつながりなども、今後もいろいろ役に立ちそうです。
午後9時頃にはお開きになりましたが、もうロンドンに戻る飛行機はないので、この日はこのままエディンバラのホテルに泊まりました。
29日(金)は、朝8時55分発の飛行機でロンドンに戻り、そのまま職場に直行。10時半頃オフィスに着いて、若干の事務処理をした後、12時過ぎから時事通信トップセミナーに参加。この日はやや柔らかいテーマで、ロンドン在住のバイオリニスト葉加瀬太郎氏を講師に、ミニコンサートを挟んだ講演。演奏のほか、作曲の裏話やイギリスで活動する苦心などのお話を聞きました。講演前には、欧州三菱重工の中村社長や、ランチのテーブルで同席したセコムの竹澤社長、伊藤クリニックの伊藤いずみさん、国際交流委員会マネージャーの深野(フライ)利恵子さん、ANA Sales Europe総務マネージャーのウィリアムズ美弥子さんなどとお話しました。
これでようやく2日間続いたイベントが終了。なかなかハードの2日間でした。
30日(土)は、午後から家族でTokyo City Dayへ。ウェストミンスター寺院近くのQueen Elizabeth II Conference Centreの3階で開かれた東京をプロモーションするイベントだったのですが、浮世絵や着物染の実演、展示、空手や切り紙の実演、寿司、書道の体験といった伝統的なものから、アニメの上映、ロボットやフィギュアの展示、「太鼓の達人」の体験、コスプレ写真体験などといったポップカルチャー系まで、幅広いイベントでとても楽しく仕上がっていて、感心しました。来場者は日本人より外国人の方がはるかに多く、その意味でも大成功のイベントだったのではないでしょうか。
2010年1月24日日曜日
1月11日~24日
「できるだけ毎週更新」といいつつ、また2週間の空白。ともあれこの2週間の主な出来事を振り返って。
11日(月)から、久々にPS Englishの英会話を復活。昨年後半は棚瀬さんに習っていたが、それが一段落したので、再度ネイティブとの会話を実践してみようということと、今回は自宅でやってもらい、時々は家族も一緒に学べればとのことから。今回の先生はJef。年配の男の先生で、ゆったりとした話し方をされる。リスニングの勉強には、多少やさしすぎるかも。また、これと並行して娘と一緒に英検受験の勉強もやっていて、とりあえずはその2本立てで英語学習。
12日(火)には、山梨県および甲州市による甲州ワインのプロモーションイベント。午後3時には事務所に甲州市の田邉市長、長瀬総務企画部長、深澤農林商工課課長補佐(ワイン・商工振興担当)が来訪。甲州ブドウや甲州ワインの話などをいろいろ聞かせていただきました。その直後の午後3時半には、グラスゴー大学の戸田教授が来訪。昨年、グラスゴーセミナーでお世話になった先生で、そのセミナーの後日談をお聞かせいただきました。セミナーでスコットランドの企業と日本の自治体との関係ができたところで、その後もまだ連絡が続いているところもあり、これを大事に育てていきたいとのこと。がんばっていただきたいところです。
そして午後6時からは、大使館で甲州ワインのテイスティング・イベント。甲州ワインを生産している蔵元が、それぞれ自慢の甲州ワイン15種を持ち寄って、ロンドンでお披露目。どれも辛口でけっこうおいしかったです。イベントの間に、山梨県の横内知事、尾崎産業支援課長、関東経済産業局の増田産業部長などともご挨拶。また、会にいらしていたロンドン医療センターの澤田マネージャーなどとも名刺交換してお話ししました。
13日(水)は、午前9時45分から、ローカルスタッフの採用面接。ジェイソンが今週いっぱいで仕事をやめて、故郷のオーストラリアのブリスベーンに戻るので、その後任を探すためのもの。当初、年末に募集をかけたため、応募が少なくてはらはらさせられたのですが、年明けに有料広告を出したところ、最終的には40人近くの応募があってほっとしました。その中から15人をピックアップして、初日に8人、2日目に7人面接予定。この日がその初日。電車が遅れた人もいて、全員とちゃんと面接できるかちょっと危ぶまれるところもありましたが、無事全員と面接できました。英国人ばかりでなく、モンゴル人や、中国人と日本人のハーフの人なども交じっており、なかなか多様でさすがロンドンといった感じ。みんな英語ばかりでなく日本語もかなりうまく、また性格も良い人が多くて、選ぶのに苦心しそうというのが初日の印象でした。
また、この日の6時半からは、商工会議所の賀詞交歓会に夫婦で参加してきました。ここでも甲州ワインのプロモーションが行われていて、熱の入れようがわかります。昨年同様、かなり大勢の人たちが集まっていました。
14日(木)は、採用面接の2日目。この日は7人面接の予定でしたが、1人キャンセル者が出て、結局6人と面接。2日目も、初日に引き続いて非常にレベルが高く、うれしい悲鳴。この日もやはり、イギリス人ばかりでなく、韓国人や日本人も応募。日本人の応募者も、父親が外交官で本人はフィンランドで生まれ、世界各地を転々として、小学校の何年かと、中学から大学にかけてはすべてイギリスで過ごしたという経歴の持ち主で、日本語ばかりでなく英語も完全にネイティブ。驚きました。本当に採用したい人ばかりで困ります。
また、面接の合間、午前11時過ぎに、山梨県の横内知事、尾崎産業支援課長、久保田国際交流課長、清水秘書課課長補佐その他山梨県庁からの方々が事務所に来訪。30分ほどお話をさせていただきました。その後、僕は面接に戻り、引場参事と神林所長補佐、キルヒナー主任調査員たちが近くのレストランで知事と会食しました。ちなみに、神林さんとキルヒナーさんは、この日の午前中のロンドン市役所への知事の訪問にも随行し、神林さんの方は昼食後のユーロ・クリエイティブ・ツアーズへの知事訪問にもお付き合い。ご苦労様でした。
知事を無事に空港に送り出した後、尾崎課長と同じく産業支援課の内藤課長補佐、広聴広報課の佐藤副主査は、事務所に戻ってこられて事務所有志といっしょにパブに繰り出しました。
僕は最初だけ彼らと少しお付き合いして、その後午後7時から開催された、政策投資銀行欧州法人(DBJ Europe)の開所式に参加。こちらで排出権取引などもされるそうです。会場はメイフェアにあるThe Wallace Collectionという博物館で、非常に格調高いべニューでした。いろいろな方々とお話ししましたが、名刺交換させていただいたのは、みずほ銀行インターナショナルの松島社長、三井住友銀行の溝口欧州本部長、日本銀行の清水ロンドン事務所次長、野村インターナショナルの中村所長、KPMG代表社員の三浦氏、英国貿易投資総省ビジネス局対英投資アドバイザーの竹内さん、ビジネス・パラダイム社長で昨年のジャパン祭実行委員もされたという廣綱さんなど、かなり錚々たる人たち。金融関係者ばかりでなく、結構幅広く招待されたみたいで、ほかにも大勢お話ししました。
昨年着任したばかりのころ、三菱東京UFJ銀行の社長が交代した際のパーティに参加した折には、金融機関の人たち中心の集まりだったこともあって、会場に知人が一人もいなくてとても心細い思いがしたものでしたが、思えばずいぶん知り合いが増えたものだなと、感慨深いものがありました。
15日(金)は、午前中に面接試験の採点結果の集計をやって、それを持ち寄って選考会議。特に高得点だった3人に絞っていろいろな角度から検討し、かなりいろいろ悩んだ末、最終的に Phillippa Harvey さんを採用することに。見送った人たちにも、本当にいい人が多くてもったいない感じ。不景気のせいで、若い人たちは本当にいい人が劣悪な条件で働かざるを得ない状態になっていることが感じられました。Phillippaさんには、一日も早く事務所での仕事に慣れていただきたいところです。
そしてこの日は、ジェイソンの送別会。事務所で軽く乾杯し、歓談した後、有志でパブに繰り出しました。ジェイソンは、日曜日に出国。2年弱のお仕事、ご苦労様でした。
16日、17日は、天気もあまりよくなく、寒かったし、特に予定もなかったので久々に家でのんびり。子供たちの勉強を見たり、来週受ける英検の勉強など。
18日(月)、19日(火)は、特別な行事はなし。予算関係の詰めや20日に予定されている広報連絡会議の準備など、内部管理中心。
20日(水)は、午後4時から広報連絡会議。在ロンドンの政府関係機関の所長たちが主なメンバー。これまで9人で構成されていましたが、今回から独立行政法人日本スポーツ振興センターロンドン事務所長の高橋さんが加わって10人に。2カ月に1回持ち回りで幹事をすることになっていて、今回はクレアロンドン事務所が当番。当事務所の会議室で、午後4時から6時少し前まで意見交換をしました。その後、場所を変えて新年会。会議は10人全員出席でしたが、新年会は2人御欠席。会議ばかりでなく、お酒を飲みながらの意見交換も、昼間は聞けない濃い話を聞くことができて、おもしろいものです。
22日(金)は、神林所長補佐のあっせんで、カムデン区に訪問。彼女が通っている大学院の同級生に、カムデン区のICT部門で働いているGemmaさんという方がいるとのことで、彼女のアレンジで上司の情報システム開発部長Alasdar Mangham氏から区役所の電子化のプレゼンテーションをしていただくことに。神林さんのほか、引場参事、小川所長補佐、宮本所長補佐、ウィティカー助手も同行して、合計6人でカムデンを訪問。当初、午後2時からとのことだったのですが、先方の都合で午後3時からスタート。しかし、午後4時半過ぎまでの1時間半、非常に中身の濃いプレゼンをいただきました。
マンガム氏は元民間企業のIT部門で働いていた経験も持っているとのことで、いかにもプロフェッショナルな印象。ITのパートナー企業を使いこなして、非常に効率的なITシステムを作っており、本当に感心しました。特に、地図情報システムを中心に様々なデータベースを融合させて区の住民の非常に詳細なプロファイル情報を作り、それをベースに地区ごとの行政の優先順位を決定したり、有効な情報伝達方法を決めたりといったことは、日本ではまだとうてい考えられないレベルにまで進んでいます。また、Google Analistic などの無料サービスを市役所のWebサーバーに入れて、無料でWebサイトの情報分析をやってしまうなんていうのも、やはりセキュリティを気にするあまり、有効なデータの分析がまったくできないでいる日本の状況とは根本的に違います。文化の差と言ってしまえばそれまでですが、日本ももう少しでもなんとかならないものかと考えさせられました。
23日(土)は、娘と二人で英検の試験を受けてきました。娘が午前中の4級と午後の3級、僕が午後の2級のテストです。今回は、お互いに初めてということで、とりあえず慣れるためにちょっと低めのレベルからスタート。今回無事に合格していれば、次回はそれぞれの当面の目標である準2級、準1級にチャレンジ。できれば、ロンドンにいる間に、それぞれ2級、1級まで行ければうれしいのですが、娘はともかく、僕の方はそこまではちょっと厳しいかな。ともあれがんばってみたいと思います。
11日(月)から、久々にPS Englishの英会話を復活。昨年後半は棚瀬さんに習っていたが、それが一段落したので、再度ネイティブとの会話を実践してみようということと、今回は自宅でやってもらい、時々は家族も一緒に学べればとのことから。今回の先生はJef。年配の男の先生で、ゆったりとした話し方をされる。リスニングの勉強には、多少やさしすぎるかも。また、これと並行して娘と一緒に英検受験の勉強もやっていて、とりあえずはその2本立てで英語学習。
12日(火)には、山梨県および甲州市による甲州ワインのプロモーションイベント。午後3時には事務所に甲州市の田邉市長、長瀬総務企画部長、深澤農林商工課課長補佐(ワイン・商工振興担当)が来訪。甲州ブドウや甲州ワインの話などをいろいろ聞かせていただきました。その直後の午後3時半には、グラスゴー大学の戸田教授が来訪。昨年、グラスゴーセミナーでお世話になった先生で、そのセミナーの後日談をお聞かせいただきました。セミナーでスコットランドの企業と日本の自治体との関係ができたところで、その後もまだ連絡が続いているところもあり、これを大事に育てていきたいとのこと。がんばっていただきたいところです。
そして午後6時からは、大使館で甲州ワインのテイスティング・イベント。甲州ワインを生産している蔵元が、それぞれ自慢の甲州ワイン15種を持ち寄って、ロンドンでお披露目。どれも辛口でけっこうおいしかったです。イベントの間に、山梨県の横内知事、尾崎産業支援課長、関東経済産業局の増田産業部長などともご挨拶。また、会にいらしていたロンドン医療センターの澤田マネージャーなどとも名刺交換してお話ししました。
13日(水)は、午前9時45分から、ローカルスタッフの採用面接。ジェイソンが今週いっぱいで仕事をやめて、故郷のオーストラリアのブリスベーンに戻るので、その後任を探すためのもの。当初、年末に募集をかけたため、応募が少なくてはらはらさせられたのですが、年明けに有料広告を出したところ、最終的には40人近くの応募があってほっとしました。その中から15人をピックアップして、初日に8人、2日目に7人面接予定。この日がその初日。電車が遅れた人もいて、全員とちゃんと面接できるかちょっと危ぶまれるところもありましたが、無事全員と面接できました。英国人ばかりでなく、モンゴル人や、中国人と日本人のハーフの人なども交じっており、なかなか多様でさすがロンドンといった感じ。みんな英語ばかりでなく日本語もかなりうまく、また性格も良い人が多くて、選ぶのに苦心しそうというのが初日の印象でした。
また、この日の6時半からは、商工会議所の賀詞交歓会に夫婦で参加してきました。ここでも甲州ワインのプロモーションが行われていて、熱の入れようがわかります。昨年同様、かなり大勢の人たちが集まっていました。
14日(木)は、採用面接の2日目。この日は7人面接の予定でしたが、1人キャンセル者が出て、結局6人と面接。2日目も、初日に引き続いて非常にレベルが高く、うれしい悲鳴。この日もやはり、イギリス人ばかりでなく、韓国人や日本人も応募。日本人の応募者も、父親が外交官で本人はフィンランドで生まれ、世界各地を転々として、小学校の何年かと、中学から大学にかけてはすべてイギリスで過ごしたという経歴の持ち主で、日本語ばかりでなく英語も完全にネイティブ。驚きました。本当に採用したい人ばかりで困ります。
また、面接の合間、午前11時過ぎに、山梨県の横内知事、尾崎産業支援課長、久保田国際交流課長、清水秘書課課長補佐その他山梨県庁からの方々が事務所に来訪。30分ほどお話をさせていただきました。その後、僕は面接に戻り、引場参事と神林所長補佐、キルヒナー主任調査員たちが近くのレストランで知事と会食しました。ちなみに、神林さんとキルヒナーさんは、この日の午前中のロンドン市役所への知事の訪問にも随行し、神林さんの方は昼食後のユーロ・クリエイティブ・ツアーズへの知事訪問にもお付き合い。ご苦労様でした。
知事を無事に空港に送り出した後、尾崎課長と同じく産業支援課の内藤課長補佐、広聴広報課の佐藤副主査は、事務所に戻ってこられて事務所有志といっしょにパブに繰り出しました。
僕は最初だけ彼らと少しお付き合いして、その後午後7時から開催された、政策投資銀行欧州法人(DBJ Europe)の開所式に参加。こちらで排出権取引などもされるそうです。会場はメイフェアにあるThe Wallace Collectionという博物館で、非常に格調高いべニューでした。いろいろな方々とお話ししましたが、名刺交換させていただいたのは、みずほ銀行インターナショナルの松島社長、三井住友銀行の溝口欧州本部長、日本銀行の清水ロンドン事務所次長、野村インターナショナルの中村所長、KPMG代表社員の三浦氏、英国貿易投資総省ビジネス局対英投資アドバイザーの竹内さん、ビジネス・パラダイム社長で昨年のジャパン祭実行委員もされたという廣綱さんなど、かなり錚々たる人たち。金融関係者ばかりでなく、結構幅広く招待されたみたいで、ほかにも大勢お話ししました。
昨年着任したばかりのころ、三菱東京UFJ銀行の社長が交代した際のパーティに参加した折には、金融機関の人たち中心の集まりだったこともあって、会場に知人が一人もいなくてとても心細い思いがしたものでしたが、思えばずいぶん知り合いが増えたものだなと、感慨深いものがありました。
15日(金)は、午前中に面接試験の採点結果の集計をやって、それを持ち寄って選考会議。特に高得点だった3人に絞っていろいろな角度から検討し、かなりいろいろ悩んだ末、最終的に Phillippa Harvey さんを採用することに。見送った人たちにも、本当にいい人が多くてもったいない感じ。不景気のせいで、若い人たちは本当にいい人が劣悪な条件で働かざるを得ない状態になっていることが感じられました。Phillippaさんには、一日も早く事務所での仕事に慣れていただきたいところです。
そしてこの日は、ジェイソンの送別会。事務所で軽く乾杯し、歓談した後、有志でパブに繰り出しました。ジェイソンは、日曜日に出国。2年弱のお仕事、ご苦労様でした。
16日、17日は、天気もあまりよくなく、寒かったし、特に予定もなかったので久々に家でのんびり。子供たちの勉強を見たり、来週受ける英検の勉強など。
18日(月)、19日(火)は、特別な行事はなし。予算関係の詰めや20日に予定されている広報連絡会議の準備など、内部管理中心。
20日(水)は、午後4時から広報連絡会議。在ロンドンの政府関係機関の所長たちが主なメンバー。これまで9人で構成されていましたが、今回から独立行政法人日本スポーツ振興センターロンドン事務所長の高橋さんが加わって10人に。2カ月に1回持ち回りで幹事をすることになっていて、今回はクレアロンドン事務所が当番。当事務所の会議室で、午後4時から6時少し前まで意見交換をしました。その後、場所を変えて新年会。会議は10人全員出席でしたが、新年会は2人御欠席。会議ばかりでなく、お酒を飲みながらの意見交換も、昼間は聞けない濃い話を聞くことができて、おもしろいものです。
22日(金)は、神林所長補佐のあっせんで、カムデン区に訪問。彼女が通っている大学院の同級生に、カムデン区のICT部門で働いているGemmaさんという方がいるとのことで、彼女のアレンジで上司の情報システム開発部長Alasdar Mangham氏から区役所の電子化のプレゼンテーションをしていただくことに。神林さんのほか、引場参事、小川所長補佐、宮本所長補佐、ウィティカー助手も同行して、合計6人でカムデンを訪問。当初、午後2時からとのことだったのですが、先方の都合で午後3時からスタート。しかし、午後4時半過ぎまでの1時間半、非常に中身の濃いプレゼンをいただきました。
マンガム氏は元民間企業のIT部門で働いていた経験も持っているとのことで、いかにもプロフェッショナルな印象。ITのパートナー企業を使いこなして、非常に効率的なITシステムを作っており、本当に感心しました。特に、地図情報システムを中心に様々なデータベースを融合させて区の住民の非常に詳細なプロファイル情報を作り、それをベースに地区ごとの行政の優先順位を決定したり、有効な情報伝達方法を決めたりといったことは、日本ではまだとうてい考えられないレベルにまで進んでいます。また、Google Analistic などの無料サービスを市役所のWebサーバーに入れて、無料でWebサイトの情報分析をやってしまうなんていうのも、やはりセキュリティを気にするあまり、有効なデータの分析がまったくできないでいる日本の状況とは根本的に違います。文化の差と言ってしまえばそれまでですが、日本ももう少しでもなんとかならないものかと考えさせられました。
23日(土)は、娘と二人で英検の試験を受けてきました。娘が午前中の4級と午後の3級、僕が午後の2級のテストです。今回は、お互いに初めてということで、とりあえず慣れるためにちょっと低めのレベルからスタート。今回無事に合格していれば、次回はそれぞれの当面の目標である準2級、準1級にチャレンジ。できれば、ロンドンにいる間に、それぞれ2級、1級まで行ければうれしいのですが、娘はともかく、僕の方はそこまではちょっと厳しいかな。ともあれがんばってみたいと思います。
2010年1月10日日曜日
1月4日~10日
昨年後半は、めっきりブログ更新の頻度を落としてしまいましたが、今年はできるだけ毎週更新するように努めたいと思います。とりあえず、まずは2010年最初の活動から。
1月4日(月)は仕事始め。ただ、職場ではまだ有給休暇を組み合わせて冬休み中の職員が何名かいたので、定例ミーティングは翌日に延ばすことに。休み中のメールのチェックや返事、若干の決済などのデスクワークで、平穏に1日が過ぎました。
5日(火)は、朝9時半からミーティング。年の初めだからといって特別なことはなく、通常通りの予定の確認。10時半には、事務所の契約更改のエージェントであるSpring 4のJohnが事務所に来訪。契約更改方針についての最終打ち合わせ。いよいよ大詰め。
仕事終了後、午後7時からは英会話レッスン。棚瀬さんに習うのは、この日で10回目で最終回。いろいろ勉強になりました。次からは、再びPS Englishを使ってネイティブの先生と会話練習にいそしむ予定。棚瀬さんに習ったことを活かして有効な時間としたいものです。
6日(水)は、正午から大使館で新年名刺交換会。山口次長と参加。大使館の小口公使や大塚書記官、国際交流基金の石田所長、JNTOの吉田所長など、なじみの方々のほか、みずほ総研の吉田健一郎所長、Japan Karate AssociationのTony Cronk事務局長、テレビ東京の宮崎一幸さんなど、新たに知り合った方々ともお話。おせちはあったけれど、結構おなかが空きました。
午後5時半過ぎには、総務省人事・恩給局の退職手当・啓発・労務管理担当の平野欧里絵参事官補佐と桐谷真弓啓発第一係長とが来訪。木村所長補佐、神林所長補佐とで6時半までディスカッション。平野補佐は、各省庁横断的なイギリスの公務員の昇任基準について調査するために来られており、この日の日中は運輸省にヒアリングに行っておられたとのこと。いろいろおもしろい話をおうかがいすることができました。
7日、8日は来客もイベントもなし。事務所でのデスクワーク。調査出張の打ち合わせを若干。
9日(土)は、自宅に国際交流基金の石田所長、事務所の山口次長、引場参事をご招待して夕食。現在チョンガーのオジサンシリーズ。雪で地下鉄ダイヤが乱れる中、お越しいただきありがとうございました。
10日(日)は、外がものすごく寒かったことや、家族みんなちょっと疲れていたこともあって、自宅でゆっくり。めいめい英語の勉強などして過ごしました。
1月4日(月)は仕事始め。ただ、職場ではまだ有給休暇を組み合わせて冬休み中の職員が何名かいたので、定例ミーティングは翌日に延ばすことに。休み中のメールのチェックや返事、若干の決済などのデスクワークで、平穏に1日が過ぎました。
5日(火)は、朝9時半からミーティング。年の初めだからといって特別なことはなく、通常通りの予定の確認。10時半には、事務所の契約更改のエージェントであるSpring 4のJohnが事務所に来訪。契約更改方針についての最終打ち合わせ。いよいよ大詰め。
仕事終了後、午後7時からは英会話レッスン。棚瀬さんに習うのは、この日で10回目で最終回。いろいろ勉強になりました。次からは、再びPS Englishを使ってネイティブの先生と会話練習にいそしむ予定。棚瀬さんに習ったことを活かして有効な時間としたいものです。
6日(水)は、正午から大使館で新年名刺交換会。山口次長と参加。大使館の小口公使や大塚書記官、国際交流基金の石田所長、JNTOの吉田所長など、なじみの方々のほか、みずほ総研の吉田健一郎所長、Japan Karate AssociationのTony Cronk事務局長、テレビ東京の宮崎一幸さんなど、新たに知り合った方々ともお話。おせちはあったけれど、結構おなかが空きました。
午後5時半過ぎには、総務省人事・恩給局の退職手当・啓発・労務管理担当の平野欧里絵参事官補佐と桐谷真弓啓発第一係長とが来訪。木村所長補佐、神林所長補佐とで6時半までディスカッション。平野補佐は、各省庁横断的なイギリスの公務員の昇任基準について調査するために来られており、この日の日中は運輸省にヒアリングに行っておられたとのこと。いろいろおもしろい話をおうかがいすることができました。
7日、8日は来客もイベントもなし。事務所でのデスクワーク。調査出張の打ち合わせを若干。
9日(土)は、自宅に国際交流基金の石田所長、事務所の山口次長、引場参事をご招待して夕食。現在チョンガーのオジサンシリーズ。雪で地下鉄ダイヤが乱れる中、お越しいただきありがとうございました。
10日(日)は、外がものすごく寒かったことや、家族みんなちょっと疲れていたこともあって、自宅でゆっくり。めいめい英語の勉強などして過ごしました。
2010年1月1日金曜日
12月の活動
12月3日(木)には、大使館で開催された、天皇誕生日レセプションに夫婦で参加。昨年も大勢の人が参加していましたが、今年もものすごい数。数百人はいたと思います。大使館の大使、公使、書記官をはじめ、JALの岡田支社長ご夫妻やJSPSの古川所長さんその他大勢の方々とお話しさせていただきました。
8日(火)は、今度も大使館で行われた、Japan Society 主催のクリスマスパーティにやはり夫婦で参加。この会には、事務所の木村所長補佐も、奥さんのシャロンさんと一緒に参加しました。こちらの人数は天皇誕生日ほどではありませんが、それでもなかなかの賑わい。Japan Society とういことで、イギリス人の参加者が多いのが特徴。英会話学校PS English社長のピーターや、JETAAのキャロライン、インド出身で今イギリスで仕事をやっているRohit M. Guptaさんなどとお話ししたほか、日本人では、またお会いしたJALの岡田支社長に日本銀行欧州統括役の久田さん、第一生命支社長の樫本さん、Shipping Consultant という船に関するコンサルティングという珍しいお仕事をされている藤本さんなど、今回もいろいろな方々とお話。楽しく、かつ有益な会でした。
9日(水)は、午前10時に中国生産性本部・四国生産性本部の調査団の方々が、英国の地方自治や街づくりについての調査のため、事務所に来訪。午前9時25分に、もうバスがバッキンガム宮殿のところまで来ているから、予定より早く着きそうだとの連絡を受けたのですが、実際に到着されたのは、予定の午前10時を少し過ぎたころ。なんでも、電話の後ものすごい交通渋滞に巻き込まれてしまったとのことで、大変でした。しかし、12時ころまでしっかりと勉強されて、みなさん無事に引き上げられました。
この日の夜には、JETAAロンドン支部との意見交換会。JLGC側の参加者は僕、引場参事、小川所長補佐で、JETAA側はジョシー、エド、シャロン。ヒューも最初来る予定だったそうですが、残念ながら所用で不参加。でも、午後6時半ころから11時近くまで、たっぷりとお話し。ジョシーをプッシュしたら、2月のビジネスマン日本語スピーチコンテストに参加する意思を固めてくれたよう。JETAAの代表として、ぜひ頑張ってほしいところです。
10日(木)は、事務所の勉強会スピーカーシリーズ。ちょうど、新潟大学の田村教授が、調査のためバーミンガム大学に来ており、この日は最終日でロンドン事務所に寄りたいとの話があったので、それならばと講師をお願いすることにしたもの。テーマは「道州制議論の行方~3度目の正直か、2度あることは3度あるか~」。先生(といっても、実は元々旧自治省で僕の2年下の後輩に当たるのですが)が道州制ビジョン懇談会の区割り基本方針専門委員会委員をされているところから、道州制についてのこれまでの議論や、現在の検討状況などについて、詳しくお話ししていただくことができました。都道府県の成り立ちから始まって、これまでどのような提言が行われてきたか、昨今の動きはどうか、特に民主党政権に代わって、現在の議論がどのようになっているのかなど、なかなか新聞等では得られない濃い情報がたっぷりで、実に有意義な講演会でした。
11日(金)は、12時半から、商工会議所とJapan Society共催のセミナーに参加。事務所から歩いて行ける The National Liberal Club が会場で、講師は資金運用会社INVESCOのチーフエコノミストのジョン・グリーンウッド氏。氏は、エディンバラ大学卒業後、東大経済学研究員や日本銀行客員研究員もされていた経験を持ち、その後も香港で長く活動されていたアジア通。今回のテーマは「Asia's Financial Prospects for 2010」。現在のクレジットクランチがどのようなメカニズムで起き、日本のバブル崩壊とはどこが似ていてどこが違うのか、世界経済が立ち直るためには、今後どのような政策が打たれていくべき必要があるのか、などについて、結構わかりやすい英語で講演されました。エコノミストだけあって、分析は非常に手堅く、わかりやすかったのですが、逆にその分、以前の時事通信トップセミナーの講師ジリアン・テットさんほどの情報の意外性というか面白さはなかったように思います。まあ、そこまで期待するのはぜいたくすぎる話なのでしょうが。
15日(火)は、午後2時に「キンケイ・ヨーロッパ」の清水氏が事務所に来訪。これは日本の「金融経済新聞」のヨーロッパ支社なのだそうですが、ここでアメリカの情報も同時にカバーしており、ロンドンとニューヨークを行ったり来たりの忙しい生活を送られているとか。会社の事務所をこの近くに移してきたため、挨拶をかねて来られたとのこと。
午後3時には、H.I.S.ヨーロッパの長田さんと大橋さんが来訪。ここの事務所もうちの事務所とは近く、また、自動車の手配や航空券の手配などでお付き合いのあるところ。長田さんが日本からこちらに赴任されてきたとのことで、ご挨拶に見えられたもの。長田さんは、日本では「出張パック」の企画などもやっていたので、ヨーロッパでもそのような商品ができないか、研究中とのお話しがありました。期待したいところです。
18日(金)は、午前10時に全日空の藤村支店長と皆戸さんとか年末のご挨拶に来訪。お二人とも、この1年(藤村さんは赴任された夏からだけれど)、実にいろいろなところでお会いしました。来年2月20日からいよいよボーイング777-300ERの運航が始まるとのことで、そのシートのパンフレットなどを見せていただきました。とてもゴージャスで乗り心地よさそう。日本に行くときには、ぜひ一度乗ってみたいものです。
午後1時半には、横浜市議会から民主党の荻原市議と飯田市議とが来訪。お二人は、この年末にかなりの強行日程で、英国の地方議会についての調査のためこちらに来ておられ、うちの事務所ではいろいろ訪問先の手配などでお手伝いさせていただきました。今回、その調査の締めくくりとして、事務所で英国の地方自治制度全般についての説明を受けるためお立ち寄りになられたもの。非常にやる気満々といった方々で、頼もしい限りです。
21日(月)から24日(木)までは、事務所は空けていましたが、英国はすっかりクリスマスモードで仕事は静かそのもの。年明け1月の会議の件で、若干の関係機関とのメールのやり取りなどは行いましたが、全体としてとてものんびりムードでした。日本では25日の予算政府原案に向けて、結構盛り上がるし、仕事もそれなりにある時期ですが、ヨーロッパではまるきり状況が違います。そのあたりのお国柄の差も、おもしろいところです。
25日から1月3日までは、たいていの在ロンドン政府系機関同様、うちの事務所もクリスマス休みに入りました。
8日(火)は、今度も大使館で行われた、Japan Society 主催のクリスマスパーティにやはり夫婦で参加。この会には、事務所の木村所長補佐も、奥さんのシャロンさんと一緒に参加しました。こちらの人数は天皇誕生日ほどではありませんが、それでもなかなかの賑わい。Japan Society とういことで、イギリス人の参加者が多いのが特徴。英会話学校PS English社長のピーターや、JETAAのキャロライン、インド出身で今イギリスで仕事をやっているRohit M. Guptaさんなどとお話ししたほか、日本人では、またお会いしたJALの岡田支社長に日本銀行欧州統括役の久田さん、第一生命支社長の樫本さん、Shipping Consultant という船に関するコンサルティングという珍しいお仕事をされている藤本さんなど、今回もいろいろな方々とお話。楽しく、かつ有益な会でした。
9日(水)は、午前10時に中国生産性本部・四国生産性本部の調査団の方々が、英国の地方自治や街づくりについての調査のため、事務所に来訪。午前9時25分に、もうバスがバッキンガム宮殿のところまで来ているから、予定より早く着きそうだとの連絡を受けたのですが、実際に到着されたのは、予定の午前10時を少し過ぎたころ。なんでも、電話の後ものすごい交通渋滞に巻き込まれてしまったとのことで、大変でした。しかし、12時ころまでしっかりと勉強されて、みなさん無事に引き上げられました。
この日の夜には、JETAAロンドン支部との意見交換会。JLGC側の参加者は僕、引場参事、小川所長補佐で、JETAA側はジョシー、エド、シャロン。ヒューも最初来る予定だったそうですが、残念ながら所用で不参加。でも、午後6時半ころから11時近くまで、たっぷりとお話し。ジョシーをプッシュしたら、2月のビジネスマン日本語スピーチコンテストに参加する意思を固めてくれたよう。JETAAの代表として、ぜひ頑張ってほしいところです。
10日(木)は、事務所の勉強会スピーカーシリーズ。ちょうど、新潟大学の田村教授が、調査のためバーミンガム大学に来ており、この日は最終日でロンドン事務所に寄りたいとの話があったので、それならばと講師をお願いすることにしたもの。テーマは「道州制議論の行方~3度目の正直か、2度あることは3度あるか~」。先生(といっても、実は元々旧自治省で僕の2年下の後輩に当たるのですが)が道州制ビジョン懇談会の区割り基本方針専門委員会委員をされているところから、道州制についてのこれまでの議論や、現在の検討状況などについて、詳しくお話ししていただくことができました。都道府県の成り立ちから始まって、これまでどのような提言が行われてきたか、昨今の動きはどうか、特に民主党政権に代わって、現在の議論がどのようになっているのかなど、なかなか新聞等では得られない濃い情報がたっぷりで、実に有意義な講演会でした。
11日(金)は、12時半から、商工会議所とJapan Society共催のセミナーに参加。事務所から歩いて行ける The National Liberal Club が会場で、講師は資金運用会社INVESCOのチーフエコノミストのジョン・グリーンウッド氏。氏は、エディンバラ大学卒業後、東大経済学研究員や日本銀行客員研究員もされていた経験を持ち、その後も香港で長く活動されていたアジア通。今回のテーマは「Asia's Financial Prospects for 2010」。現在のクレジットクランチがどのようなメカニズムで起き、日本のバブル崩壊とはどこが似ていてどこが違うのか、世界経済が立ち直るためには、今後どのような政策が打たれていくべき必要があるのか、などについて、結構わかりやすい英語で講演されました。エコノミストだけあって、分析は非常に手堅く、わかりやすかったのですが、逆にその分、以前の時事通信トップセミナーの講師ジリアン・テットさんほどの情報の意外性というか面白さはなかったように思います。まあ、そこまで期待するのはぜいたくすぎる話なのでしょうが。
15日(火)は、午後2時に「キンケイ・ヨーロッパ」の清水氏が事務所に来訪。これは日本の「金融経済新聞」のヨーロッパ支社なのだそうですが、ここでアメリカの情報も同時にカバーしており、ロンドンとニューヨークを行ったり来たりの忙しい生活を送られているとか。会社の事務所をこの近くに移してきたため、挨拶をかねて来られたとのこと。
午後3時には、H.I.S.ヨーロッパの長田さんと大橋さんが来訪。ここの事務所もうちの事務所とは近く、また、自動車の手配や航空券の手配などでお付き合いのあるところ。長田さんが日本からこちらに赴任されてきたとのことで、ご挨拶に見えられたもの。長田さんは、日本では「出張パック」の企画などもやっていたので、ヨーロッパでもそのような商品ができないか、研究中とのお話しがありました。期待したいところです。
18日(金)は、午前10時に全日空の藤村支店長と皆戸さんとか年末のご挨拶に来訪。お二人とも、この1年(藤村さんは赴任された夏からだけれど)、実にいろいろなところでお会いしました。来年2月20日からいよいよボーイング777-300ERの運航が始まるとのことで、そのシートのパンフレットなどを見せていただきました。とてもゴージャスで乗り心地よさそう。日本に行くときには、ぜひ一度乗ってみたいものです。
午後1時半には、横浜市議会から民主党の荻原市議と飯田市議とが来訪。お二人は、この年末にかなりの強行日程で、英国の地方議会についての調査のためこちらに来ておられ、うちの事務所ではいろいろ訪問先の手配などでお手伝いさせていただきました。今回、その調査の締めくくりとして、事務所で英国の地方自治制度全般についての説明を受けるためお立ち寄りになられたもの。非常にやる気満々といった方々で、頼もしい限りです。
21日(月)から24日(木)までは、事務所は空けていましたが、英国はすっかりクリスマスモードで仕事は静かそのもの。年明け1月の会議の件で、若干の関係機関とのメールのやり取りなどは行いましたが、全体としてとてものんびりムードでした。日本では25日の予算政府原案に向けて、結構盛り上がるし、仕事もそれなりにある時期ですが、ヨーロッパではまるきり状況が違います。そのあたりのお国柄の差も、おもしろいところです。
25日から1月3日までは、たいていの在ロンドン政府系機関同様、うちの事務所もクリスマス休みに入りました。
2009年12月1日火曜日
11月の活動
11月2日(月)は、Oxford Circus交差点改良事業のオープンイベントに参加。Oxford Circusは、ロンドン最大の繁華街の一つで交通量も歩行者も非常に多いにもかかわらず、歩道が狭く、信号無視の横断が横行していたため、これまで非常に危険な状態でした。これを改良するため、渋谷のスクランブル交差点にヒントを得て、歩道の幅が広げられるとともに、斜め横断可能な交差点の形状に改良が行われ、その竣工式がこの日に行われました。午前8時から、道路管理を行っているCrown Estateのオフィスのホールでブレクファスト・ミーティングがあり、東京都派遣の引場参事と参加。大使館からも、草賀総括公使、岡庭講師他数名が参加されていました。朝食ミーティング後、現地に移動して記念式典。ボリス・ジョンソン ロンドン市長の挨拶の後、和太鼓の演奏、仮装したロンドン市民の交差点横断パフォーマンスなどが行われ、大いににぎわいました。せっかくの機会だから、渋谷区も何かこのイベントにコミットしてみたら、と話を持ちかけてみたのですが、渋谷祭りで忙しいからと断られてしまったのが、ちょっと心残り。TV取材は来ていたし、そのニュースが翌日のTIMES紙の一面を飾ったりもしていたので、結構もったいなかったように思いました。
午後4時には、大阪大学の高山正樹教授が来訪。高山先生は経済学の先生ですが、同僚で国際学の田中仁教授、国際公共政策の野村茂治教授、山田康博准教授と4人でお見えになり、意見交換をしました。勤務時間終了後も、事務所有志を誘って先生たちとパブに繰り出し、大いに話が盛り上がりました。
3日(火)は、23日の日英セミナー終了後に大使館と当事務所との共催で行われる、日英の地方公共団体関係機関幹部による意見交換会の事前打ち合わせのため、午後3時15分に大使館に赴き、政務担当の山上公使、総括の草賀総括公使兼総領事と会談。当事務所からは山口次長とセミナー担当の宮本所長補佐が、大使館からは大塚一等書記官が立会い、当日の進め方等について話し合いました。
4日(水)は、午前10時に大阪市議会副議長の奥野正美氏と大阪市高齢福祉企画担当課長の田丸氏が来訪。挨拶の後、イギリスの地方制度等についての説明をさせていただきました。
6日(金)は、シティグループ証券のシニアクレジットアナリストの江夏あかねさんが来訪。今年3月まで事務所の所長補佐だった川本君(現在沖縄県財政企画官)がMBAの論文を書く際にお世話になったそうで、そのご縁で事務所に立ち寄ってくれました。彼女は、いくつかの金融機関を渡り歩いていますが、一貫して公共部門のクレジットアナリシスを担当してきた方。総務省の応援団です。神林所長補佐と一緒にいろいろ金融関係のお話しをうかがいました。また、今後、彼女からメールで定期的に公共団体のクレジットに関する金融情報をいただけることになりました。
12日(木)は、午前中健康診断で午後から出勤。午後3時には、沖縄県観光交流統括官の知念英信氏が、沖縄観光コンベンションビューローの内間氏、県観光振興課の山城さん、天願さんといっしょに来訪。11月9日~12日にExcel Londonで開催されていた World Travel Market に県として出展し、出席された機会に、JNTOの吉田所長を通じてコンタクトを取られ、うちの事務所にお寄りいただいたものでした。知念氏は民間企業のご出身とのことで、非常に腰が低くて話がうまく、さすがといった感じ。天願さんはクレアの海外事務所派遣経験があるそうで、その経験を活かして大いにご活躍の模様。楽しいお話し合いでした。
13日(金)は、3ヶ月間のクレア国際塾の今回の生徒のうち、警視庁から派遣されてきた高野さんが、イギリスでの課程を終えてロンドンに戻って来られたので、勤務時間終了後、彼女を囲んでパブで打ち上げ。ご苦労様でした。
16日(月)は、すべての国際塾生が集まり、午前9時半から中間報告会。バーミンガム大学のChris Watson先生のほか、研修でお世話になったJapan Foundationの石田所長もお見えになって、先生方の前で今回の6人の塾生がそれぞれ英語でプレゼンテーション。なかなか内容のあるしっかりした英語のプレゼンで、先生方からも暖かい評価を受けていました。彼ら6人は、この日の午後にユーロスターでパリに向かい、残りの2週間の過程を受けることとなっています。
17日(火)は、市民セクター政策機構の澤口隆志理事長が来訪。この組織は、生活協同組合である生活クラブ連合会のシンクタンクだそうで、澤口氏は以前ロンドンで留学されていたことがあり、その折にも当時の横田所長のお世話になったとのことで、久々に当事務所にお見えになったもの。英国の行政における市民参加の現状について、非常に突っ込んだ質問をされ、一緒に応対していたキルヒナー主任研究員も一瞬ややたじたじとなる場面も。澤口さんがまとめられていた市民参与にかかわるイギリスの政策の変遷についての表が非常によくまとまっていたので、キルヒナーさんがそれをいただけないかと要請する一幕もあり、お互いにとって有意義な意見交換となりました。
18日(水)は、午前9時半に神奈川県労働者福祉協議会の調査団の方々が来訪。最初、地方職員共済組合の幸田理事を通じて訪問依頼があり、事務局次長の田中氏を窓口に調整して、この日の来訪となったもの。協議会長の小西正典氏が団長で、連合神奈川の柏木事務局長ほか、十数名の方々からなる大訪問団。冒頭僕からご挨拶をさせていただいた後、山口次長からイギリスの地方自治概要の説明、キルヒナー主任調査員から調査の主眼である「コンパクト」についての説明をさせていただきました。
その終了後、午後12時半からは、定例の広報連絡会に参加。今回の当番はJALのロンドン支店。この日は、本来のメンバーのアスロン真智子さんではなく、その上司の岡田支店長がご参加。大使館の岡庭公使、JETROの長谷部次長、JNTOの吉田所長、JSPSの古川所長、商工会議所の花岡事務総長が参加で、JFの石田所長と日本クラブの小林事務局長はお休み。通常のお互いの広報活動の報告以外に、岡田社長からはJALの現状についていろいろ詳しいお話しをお聞きできたのは収穫でした。それにしてもJALは大変です。
19日(木)は、午後1時半に明治大学公共政策大学院の兼村高文教授が来訪。我々の大先輩の山下茂教授からのご依頼もあってお越しいただいたものですが、イギリスの政策評価の話など、かなり話が盛り上がり、2時半のDCLGへのご訪問を、当初は歩いて行こうとされていたのが、時間が押してしまったので結局タクシーで向かわれることとなりました。調査の結果は、満足のいくものだったそうで、何よりでした。
そして23日(月)は、いよいよ事務所20周年記念の日英セミナーの日。
22日(日)には、神林所長補佐とともに、午後1時20分にヒースロー空港第3ターミナルに行って、理事長と事務局長を出迎え。午後2時半ごろ、無事到着。タクシーでホテルまでお送りし、4人で夕食をご一緒しました。
23日(月)は、午前中、事務所職員の半分がセミナー会場であるLocal Government House に行って会場準備。そして午後からセミナー本番。夜は大使館との共催でのディナーを兼ねた意見交換会。この話はちょっと長いので、いずれ改めて詳しく書きたいと思います。
24日(火)は、午前中、理事長、事務局長、赤松総務省国際室長等とともに、海老原大使を表敬訪問。訪問終了後、サウス・ケンジントンを視察して昼食。さらに視察後、タクシーでヒースロー空港にお送りし、無事日程終了。
25日(水)は、午後6時半から、大英博物館でJapan-UK150記念イベントのフィナーレとなるパーティに参加。大勢の顔見知りになった方々と、いろいろお話しをしました。
26日(木)は、午後12時半から、時事通信トップセミナーに参加。この日の講演は、Financial Times紙の編集委員でもあるジャーナリストのGillian Tett女史による「金融界の現状と問題点」。彼女は日本での仕事も長かったそうで、英語の講演ながら、非常に聞きやすく、実におもしろい講演だった。クレジットのストラクチャリングをソーセージにたとえるというのは実に秀逸な比喩で、さすがはジャーナリスト。シティの金融マン達の生態を、ご自身の博士号研究である社会人類学とのアナロジーで説明するのも、ユーモアたっぷりで楽しい。この人の「愚者の黄金」という本は、いずれぜひ読んでみたい。
27日(金)は、僕は所用があって欠席させていただきましたが、事務所でスピーカーシリーズを開催し、バーミンガム大学地方自治研究所のIan Briggs氏に、イギリス地方自治体における人材育成についてのご講演をいただきました。
午後4時には、大阪大学の高山正樹教授が来訪。高山先生は経済学の先生ですが、同僚で国際学の田中仁教授、国際公共政策の野村茂治教授、山田康博准教授と4人でお見えになり、意見交換をしました。勤務時間終了後も、事務所有志を誘って先生たちとパブに繰り出し、大いに話が盛り上がりました。
3日(火)は、23日の日英セミナー終了後に大使館と当事務所との共催で行われる、日英の地方公共団体関係機関幹部による意見交換会の事前打ち合わせのため、午後3時15分に大使館に赴き、政務担当の山上公使、総括の草賀総括公使兼総領事と会談。当事務所からは山口次長とセミナー担当の宮本所長補佐が、大使館からは大塚一等書記官が立会い、当日の進め方等について話し合いました。
4日(水)は、午前10時に大阪市議会副議長の奥野正美氏と大阪市高齢福祉企画担当課長の田丸氏が来訪。挨拶の後、イギリスの地方制度等についての説明をさせていただきました。
6日(金)は、シティグループ証券のシニアクレジットアナリストの江夏あかねさんが来訪。今年3月まで事務所の所長補佐だった川本君(現在沖縄県財政企画官)がMBAの論文を書く際にお世話になったそうで、そのご縁で事務所に立ち寄ってくれました。彼女は、いくつかの金融機関を渡り歩いていますが、一貫して公共部門のクレジットアナリシスを担当してきた方。総務省の応援団です。神林所長補佐と一緒にいろいろ金融関係のお話しをうかがいました。また、今後、彼女からメールで定期的に公共団体のクレジットに関する金融情報をいただけることになりました。
12日(木)は、午前中健康診断で午後から出勤。午後3時には、沖縄県観光交流統括官の知念英信氏が、沖縄観光コンベンションビューローの内間氏、県観光振興課の山城さん、天願さんといっしょに来訪。11月9日~12日にExcel Londonで開催されていた World Travel Market に県として出展し、出席された機会に、JNTOの吉田所長を通じてコンタクトを取られ、うちの事務所にお寄りいただいたものでした。知念氏は民間企業のご出身とのことで、非常に腰が低くて話がうまく、さすがといった感じ。天願さんはクレアの海外事務所派遣経験があるそうで、その経験を活かして大いにご活躍の模様。楽しいお話し合いでした。
13日(金)は、3ヶ月間のクレア国際塾の今回の生徒のうち、警視庁から派遣されてきた高野さんが、イギリスでの課程を終えてロンドンに戻って来られたので、勤務時間終了後、彼女を囲んでパブで打ち上げ。ご苦労様でした。
16日(月)は、すべての国際塾生が集まり、午前9時半から中間報告会。バーミンガム大学のChris Watson先生のほか、研修でお世話になったJapan Foundationの石田所長もお見えになって、先生方の前で今回の6人の塾生がそれぞれ英語でプレゼンテーション。なかなか内容のあるしっかりした英語のプレゼンで、先生方からも暖かい評価を受けていました。彼ら6人は、この日の午後にユーロスターでパリに向かい、残りの2週間の過程を受けることとなっています。
17日(火)は、市民セクター政策機構の澤口隆志理事長が来訪。この組織は、生活協同組合である生活クラブ連合会のシンクタンクだそうで、澤口氏は以前ロンドンで留学されていたことがあり、その折にも当時の横田所長のお世話になったとのことで、久々に当事務所にお見えになったもの。英国の行政における市民参加の現状について、非常に突っ込んだ質問をされ、一緒に応対していたキルヒナー主任研究員も一瞬ややたじたじとなる場面も。澤口さんがまとめられていた市民参与にかかわるイギリスの政策の変遷についての表が非常によくまとまっていたので、キルヒナーさんがそれをいただけないかと要請する一幕もあり、お互いにとって有意義な意見交換となりました。
18日(水)は、午前9時半に神奈川県労働者福祉協議会の調査団の方々が来訪。最初、地方職員共済組合の幸田理事を通じて訪問依頼があり、事務局次長の田中氏を窓口に調整して、この日の来訪となったもの。協議会長の小西正典氏が団長で、連合神奈川の柏木事務局長ほか、十数名の方々からなる大訪問団。冒頭僕からご挨拶をさせていただいた後、山口次長からイギリスの地方自治概要の説明、キルヒナー主任調査員から調査の主眼である「コンパクト」についての説明をさせていただきました。
その終了後、午後12時半からは、定例の広報連絡会に参加。今回の当番はJALのロンドン支店。この日は、本来のメンバーのアスロン真智子さんではなく、その上司の岡田支店長がご参加。大使館の岡庭公使、JETROの長谷部次長、JNTOの吉田所長、JSPSの古川所長、商工会議所の花岡事務総長が参加で、JFの石田所長と日本クラブの小林事務局長はお休み。通常のお互いの広報活動の報告以外に、岡田社長からはJALの現状についていろいろ詳しいお話しをお聞きできたのは収穫でした。それにしてもJALは大変です。
19日(木)は、午後1時半に明治大学公共政策大学院の兼村高文教授が来訪。我々の大先輩の山下茂教授からのご依頼もあってお越しいただいたものですが、イギリスの政策評価の話など、かなり話が盛り上がり、2時半のDCLGへのご訪問を、当初は歩いて行こうとされていたのが、時間が押してしまったので結局タクシーで向かわれることとなりました。調査の結果は、満足のいくものだったそうで、何よりでした。
そして23日(月)は、いよいよ事務所20周年記念の日英セミナーの日。
22日(日)には、神林所長補佐とともに、午後1時20分にヒースロー空港第3ターミナルに行って、理事長と事務局長を出迎え。午後2時半ごろ、無事到着。タクシーでホテルまでお送りし、4人で夕食をご一緒しました。
23日(月)は、午前中、事務所職員の半分がセミナー会場であるLocal Government House に行って会場準備。そして午後からセミナー本番。夜は大使館との共催でのディナーを兼ねた意見交換会。この話はちょっと長いので、いずれ改めて詳しく書きたいと思います。
24日(火)は、午前中、理事長、事務局長、赤松総務省国際室長等とともに、海老原大使を表敬訪問。訪問終了後、サウス・ケンジントンを視察して昼食。さらに視察後、タクシーでヒースロー空港にお送りし、無事日程終了。
25日(水)は、午後6時半から、大英博物館でJapan-UK150記念イベントのフィナーレとなるパーティに参加。大勢の顔見知りになった方々と、いろいろお話しをしました。
26日(木)は、午後12時半から、時事通信トップセミナーに参加。この日の講演は、Financial Times紙の編集委員でもあるジャーナリストのGillian Tett女史による「金融界の現状と問題点」。彼女は日本での仕事も長かったそうで、英語の講演ながら、非常に聞きやすく、実におもしろい講演だった。クレジットのストラクチャリングをソーセージにたとえるというのは実に秀逸な比喩で、さすがはジャーナリスト。シティの金融マン達の生態を、ご自身の博士号研究である社会人類学とのアナロジーで説明するのも、ユーモアたっぷりで楽しい。この人の「愚者の黄金」という本は、いずれぜひ読んでみたい。
27日(金)は、僕は所用があって欠席させていただきましたが、事務所でスピーカーシリーズを開催し、バーミンガム大学地方自治研究所のIan Briggs氏に、イギリス地方自治体における人材育成についてのご講演をいただきました。
2009年11月3日火曜日
10月の活動
ブログの更新が大幅に間が空いてしまったので、他のところに書いた10月分の活動を、ここにも掲載。
10月には、たっぷりとイベントがあり、大忙しでした。
まず、2日(金)には、午前10時から、Local Government Association の本部 Local Government House で 「Local Government Leaders International Symposium 2009」というシンポジウムが開かれ、事務所のキルヒナー主任調査員とともに参加してきました。
このシンポジウムでは、事前にLGAからのリクエストがあり、クレアロンドン事務所の役割のほか、日本の自治体のベストプラクティスの発表を行うこととなっていました。
自治体のベストプラクティスの発表については、本来であれば適切な日本の地方公共団体を選定し、その担当者と打ち合わせをして資料を作成し、ロンドンに来てもらって発表を行ってもらうというのがベストだったのでしょうが、年度途中の急な要望ではそのようなわけにもいかず、こちらにいるメンバーで対応することとしました。
ちょうど、LGAからの要望テーマの一つに「危機管理」があり、現在在英日本大使館一等書記官をしている大塚さんが、直前のポストで総務省消防庁総務課課長補佐だったこと、彼が英語が堪能であることを思いついて、大塚さんにプレゼンをお願いすることとしました。
短い準備期間でしたが、大塚さんは午前11時20分から50分間のセッションの前半のプレゼンを卒なくこなし、会場からの質問についても的確にお答えいただいて、面目を施しました。
もうひとつのクレアの役割については、午後2時40分からのパネルディスカッションに僕自身が参加して発表したのですが、あらかじめ原稿を用意しての発表そのものはなんとかこなしたものの、その後のパネラーと会場との間のディスカッションにはなかなか入って行けず(なにしろ、僕以外の参加者全員が英語を母国語とする人たちでした)、終了直前に日本の状況についての意見をたどたどしく言うのが関の山といったありさま。英語力不足を改めて痛感させられる場となってしまいました。
しかし、シンポジウム全体としては、気候変動への取り組み、危機管理、児童貧困対策、経費削減のためのイノベーションを生み出すための海外事例の学習等といった魅力的なテーマで、英国のみならず、スウェーデン、カナダからの参加者も加わってのプレゼン、議論はなかなか興味深く、おもしろいものでした。特に、貧困者の社会的排除解決への取り組みを、ヨーロッパの諸都市と連携してアイデアを交換しながら行っているニューカッスル市のSimon Underwood氏のプレゼンは非常に感銘深いもので、政策連携のモデルケースを見る思いでした。
5日(月)には、大使館で開催された元朝日新聞論説主幹の若宮啓文氏による「Japan'sTumultuous Politics Today」という講演を聴講に行ってきました。民主党政権発足の背景について英語で説明されたものでしたが、日本人である我々には、比較的なじみ深い話で聞きやすかったものの、新しい情報といった点では、やや物足りないものでした。しかし、隣の席に座っていた馴染みのイギリス人の人と講演終了後にお話ししたところ、日本の政治状況についてそれほど馴染みのない彼にとっては、なかなか興味深くおもしろい話だったようです。
6日(火)は、今年11月に行われるJapan Study Tourのプレ・オリエンテーションを事務所で行いました。11名のツアー参加者のうち6名が参加し、僕の挨拶、銘々の自己紹介の後、事務所から日本の自治制度の概略、文化や習慣のほか、今回の視察予定地である北海道についての基本的な情報のプレゼンテーションを行いました。参加者全員、日本への関心が非常に強く、ツアーへの期待は高いように感じられました。東京、北海道でのイベントの成功を祈ります。
11日(日)には、地方公共団体金融機構の福永副理事長が、仕事でロンドンに来訪されたため、夕食をご一緒させていただきました。福永副理事長は、元東京都の副知事ということであったため、東京都派遣の木村所長補佐に随行の廣澤秘書役ともども市内視察の随行をしてもらったあと、同じく東京都派遣の引場参事とレストランで合流して歓談させていただきました。
12日(月)から15日(木)までは、欧州評議会出席のため、ストラスブールに出張しました。会議は13日から15日までの3日間でしたが、13日の会議が朝からあったため、前泊したものです。本部からは上田専務、パリ事務所からは鳴田所長とウゼさんが出席し、現地では基本的に4人で行動を共にしました。日本からは、初日の夕方に野坂米子市長、3日目の朝に西川福井県知事がプレゼンテーションをされましたが、それぞれ達者な英語で立派なプレゼンでした。
16日(金)には、現在千葉県からバーミンガム大学地方自治研究所に留学中の青木さんが事務所に挨拶に来られ、勤務時間終了後に事務所有志でパブでの意見交換会を行いました。青木さんは、前ロンドン事務所次長の風間さんの部下であり、当事務所の神林所長補佐とも彼女の千葉県勤務時代以来面識があるとのことで、非常に打ち解けた意見交換会でした。
19日(月)は、仕事の面では特期すべきことはありませんでしたが、午後、息子の小学校の面談があったため、妻と一緒に息子の担任の先生や校長先生とお話ししてきました。息子はこちらでは現在小6であるため、来年の中学校進学についてどうすべきか、悩ましいところです。
20日(火)から22日(木)にかけては、ブライトン市で行われた SOLACE(Society of Local Authority Chief Executives、英国地方団体事務総長協会)の年次カンファレンスにキルヒナー調査員と一緒に参加してきました。昨年のベルファストでの会議に続く2回目の出席で、だいぶ勝手がわかるようになり、今年は結構カンファレンスをしっかりと楽しむことができました。いろいろな情報を吸収してきましたが、その内容については、また別の機会にまとめて書きたいと思います。
23日(金)は、前日からロンドンに来て行われていた、成田監事、彌栄総務課長、高橋さん、赤池さんによる本部監査の講評をお聞きするとともに、成田監事との情報交換を行いました。
27日(火)には、白鴎大学法学部準教授で現在バーミンガム大学地方自治研究所に客員研究員として来られている児玉先生が事務所にご来訪。キルヒナーさん、宮本さんと意見交換。
28日(水)は、事務所主催の勉強会「スピーカーシリーズ」で、今月のテーマは松野下所長補佐がクレアレポートのテーマとして選んだ「Buisiness Improvement Districts」。このBIDsの代表例の一つであるロンドンにあるBetter BanksideでChief Executiveを務めておられるPeter Williams氏を読んで、BIDsの制度やBetter Banksideの活動の実際についてのご講演をいただきました。
この日の午後には、11月23日の日英セミナーとタイアップして大使館との共催で開催する予定の晩さん会の会場の視察。
30日(木)は、時事通信社開催の在英日系企業・政府機関等の幹部を対象にしたトップセミナーに参加。この日の講演者は、日本銀行欧州統括役の久田高正氏で、講演テーマは「国際金融情勢の現状と課題」。昨年のクレジットクランチ後、各国の政府・中央銀行が財政・金融政策を総動員して、短期間で信用不安を収束させ、景気回復の兆しが見えるところまでこぎつけたけれど、政策効果が切れたときにその状態が継続できるのかどうかは未知数。銀行のBS調整はまだ不十分だし、クレジット供与も戻り切ってはいないので、予断を許さない。このようなクレジットクランチを再発させないための金融規制の在り方も検討中、といった興味深い話を聞くことができました。
10月には、たっぷりとイベントがあり、大忙しでした。
まず、2日(金)には、午前10時から、Local Government Association の本部 Local Government House で 「Local Government Leaders International Symposium 2009」というシンポジウムが開かれ、事務所のキルヒナー主任調査員とともに参加してきました。
このシンポジウムでは、事前にLGAからのリクエストがあり、クレアロンドン事務所の役割のほか、日本の自治体のベストプラクティスの発表を行うこととなっていました。
自治体のベストプラクティスの発表については、本来であれば適切な日本の地方公共団体を選定し、その担当者と打ち合わせをして資料を作成し、ロンドンに来てもらって発表を行ってもらうというのがベストだったのでしょうが、年度途中の急な要望ではそのようなわけにもいかず、こちらにいるメンバーで対応することとしました。
ちょうど、LGAからの要望テーマの一つに「危機管理」があり、現在在英日本大使館一等書記官をしている大塚さんが、直前のポストで総務省消防庁総務課課長補佐だったこと、彼が英語が堪能であることを思いついて、大塚さんにプレゼンをお願いすることとしました。
短い準備期間でしたが、大塚さんは午前11時20分から50分間のセッションの前半のプレゼンを卒なくこなし、会場からの質問についても的確にお答えいただいて、面目を施しました。
もうひとつのクレアの役割については、午後2時40分からのパネルディスカッションに僕自身が参加して発表したのですが、あらかじめ原稿を用意しての発表そのものはなんとかこなしたものの、その後のパネラーと会場との間のディスカッションにはなかなか入って行けず(なにしろ、僕以外の参加者全員が英語を母国語とする人たちでした)、終了直前に日本の状況についての意見をたどたどしく言うのが関の山といったありさま。英語力不足を改めて痛感させられる場となってしまいました。
しかし、シンポジウム全体としては、気候変動への取り組み、危機管理、児童貧困対策、経費削減のためのイノベーションを生み出すための海外事例の学習等といった魅力的なテーマで、英国のみならず、スウェーデン、カナダからの参加者も加わってのプレゼン、議論はなかなか興味深く、おもしろいものでした。特に、貧困者の社会的排除解決への取り組みを、ヨーロッパの諸都市と連携してアイデアを交換しながら行っているニューカッスル市のSimon Underwood氏のプレゼンは非常に感銘深いもので、政策連携のモデルケースを見る思いでした。
5日(月)には、大使館で開催された元朝日新聞論説主幹の若宮啓文氏による「Japan'sTumultuous Politics Today」という講演を聴講に行ってきました。民主党政権発足の背景について英語で説明されたものでしたが、日本人である我々には、比較的なじみ深い話で聞きやすかったものの、新しい情報といった点では、やや物足りないものでした。しかし、隣の席に座っていた馴染みのイギリス人の人と講演終了後にお話ししたところ、日本の政治状況についてそれほど馴染みのない彼にとっては、なかなか興味深くおもしろい話だったようです。
6日(火)は、今年11月に行われるJapan Study Tourのプレ・オリエンテーションを事務所で行いました。11名のツアー参加者のうち6名が参加し、僕の挨拶、銘々の自己紹介の後、事務所から日本の自治制度の概略、文化や習慣のほか、今回の視察予定地である北海道についての基本的な情報のプレゼンテーションを行いました。参加者全員、日本への関心が非常に強く、ツアーへの期待は高いように感じられました。東京、北海道でのイベントの成功を祈ります。
11日(日)には、地方公共団体金融機構の福永副理事長が、仕事でロンドンに来訪されたため、夕食をご一緒させていただきました。福永副理事長は、元東京都の副知事ということであったため、東京都派遣の木村所長補佐に随行の廣澤秘書役ともども市内視察の随行をしてもらったあと、同じく東京都派遣の引場参事とレストランで合流して歓談させていただきました。
12日(月)から15日(木)までは、欧州評議会出席のため、ストラスブールに出張しました。会議は13日から15日までの3日間でしたが、13日の会議が朝からあったため、前泊したものです。本部からは上田専務、パリ事務所からは鳴田所長とウゼさんが出席し、現地では基本的に4人で行動を共にしました。日本からは、初日の夕方に野坂米子市長、3日目の朝に西川福井県知事がプレゼンテーションをされましたが、それぞれ達者な英語で立派なプレゼンでした。
16日(金)には、現在千葉県からバーミンガム大学地方自治研究所に留学中の青木さんが事務所に挨拶に来られ、勤務時間終了後に事務所有志でパブでの意見交換会を行いました。青木さんは、前ロンドン事務所次長の風間さんの部下であり、当事務所の神林所長補佐とも彼女の千葉県勤務時代以来面識があるとのことで、非常に打ち解けた意見交換会でした。
19日(月)は、仕事の面では特期すべきことはありませんでしたが、午後、息子の小学校の面談があったため、妻と一緒に息子の担任の先生や校長先生とお話ししてきました。息子はこちらでは現在小6であるため、来年の中学校進学についてどうすべきか、悩ましいところです。
20日(火)から22日(木)にかけては、ブライトン市で行われた SOLACE(Society of Local Authority Chief Executives、英国地方団体事務総長協会)の年次カンファレンスにキルヒナー調査員と一緒に参加してきました。昨年のベルファストでの会議に続く2回目の出席で、だいぶ勝手がわかるようになり、今年は結構カンファレンスをしっかりと楽しむことができました。いろいろな情報を吸収してきましたが、その内容については、また別の機会にまとめて書きたいと思います。
23日(金)は、前日からロンドンに来て行われていた、成田監事、彌栄総務課長、高橋さん、赤池さんによる本部監査の講評をお聞きするとともに、成田監事との情報交換を行いました。
27日(火)には、白鴎大学法学部準教授で現在バーミンガム大学地方自治研究所に客員研究員として来られている児玉先生が事務所にご来訪。キルヒナーさん、宮本さんと意見交換。
28日(水)は、事務所主催の勉強会「スピーカーシリーズ」で、今月のテーマは松野下所長補佐がクレアレポートのテーマとして選んだ「Buisiness Improvement Districts」。このBIDsの代表例の一つであるロンドンにあるBetter BanksideでChief Executiveを務めておられるPeter Williams氏を読んで、BIDsの制度やBetter Banksideの活動の実際についてのご講演をいただきました。
この日の午後には、11月23日の日英セミナーとタイアップして大使館との共催で開催する予定の晩さん会の会場の視察。
30日(木)は、時事通信社開催の在英日系企業・政府機関等の幹部を対象にしたトップセミナーに参加。この日の講演者は、日本銀行欧州統括役の久田高正氏で、講演テーマは「国際金融情勢の現状と課題」。昨年のクレジットクランチ後、各国の政府・中央銀行が財政・金融政策を総動員して、短期間で信用不安を収束させ、景気回復の兆しが見えるところまでこぎつけたけれど、政策効果が切れたときにその状態が継続できるのかどうかは未知数。銀行のBS調整はまだ不十分だし、クレジット供与も戻り切ってはいないので、予断を許さない。このようなクレジットクランチを再発させないための金融規制の在り方も検討中、といった興味深い話を聞くことができました。
2009年9月3日木曜日
沖縄・オーランド交流セミナー
9月1日、2日と、フィンランド領オーランド諸島で、「沖縄・オーランド交流セミナー」を開催しました。
このセミナーは、前ロンドン所長の務台さんの強い思い入れによって実現したもので、ロンドン事務所としては、僕の知る限り初めて英国外で開催したセミナーでした。
もともと、2002年度から2004年度にかけて、中央大学の9研究所が合同してオーランド島と沖縄島との比較研究を行っており、その成果は「リージョンの時代と島の自治 - バルト海オーランド島と東シナ海沖縄島の比較研究」(古城利明編、中央大学出版部)という書籍の形でまとめられていました。
務台前所長は、ロンドン事務所着任前からこれをご存じで非常にオーランド島に興味を持たれており、在任中には早速オーランドに直接出向いて関係者との意見交換をされてきたそうです。そして、その折に、ぜひオーランドで沖縄県と共同でのセミナーを開催し、沖縄と直接意見交換を行いたいというオーランドの希望を聞き、ロンドン事務所がその場を提供することを約束して、今回のセミナーに至ったものでした。
当初、ロンドン事務所管轄地域とはいえ、事務所からみると「外国」であるオーランドでセミナーを開催することに、不安がなかったわけではありませんでしたが、オーランド側では、オーランド平和研究所が事務局を務め、会場確保からオーランド側の講師確保、宿泊所・食事の手配等々、現地での実務をすべて積極的に行ってくれましたので、当初懸念したよりも円滑にセミナーを開催することができました。
とはいえ、やはり開催に至るまでには、いろいろ紆余曲折がありました。
オーランド平和研究所からの当初要望では、3日間にわたるセミナーで、経済・平和・自治制度の3つのテーマごとに、それぞれ沖縄側とオーランド側それぞれから各2名ずつ講師を招き、合計12セッションで深く議論したいということだったのですが、残念ながら、平和研究所が申請を出していたチャリティ団体からの補助金の確保ができなかったため、セミナー規模を縮小し、講師はテーマごとにオーランド、沖縄各1名として、講師確保の予算はすべてクレア側で賄うことに。その結果、開催期間は2日間として、当初オーランド側で計画していたセミナー終了後の視察ツアーも中止になりました。
講師の選定に当たっても、オーランド側講師は地元なので特に問題なかったのですが、沖縄側の講師については、県庁から部長クラス以上、琉球大学の教授+アルファということでいろいろ当たってみたのですが、なかなか日程の都合が折り合わず、講師が確定しなくてひやひやしました。結果としては、県庁のご努力によって、上原勝則観光商工部産業雇用統括官、島袋純琉球大学教授の日程を押さえていただき、また、オーランドから紹介のあった、中央大学の研究時にも参加されていたストックホルム大学の池上雅子教授を3人目の講師としてお迎えすることで、無事事なきを得ました。
ちなみに、上原統括官は経済のセッション、池上教授が平和のセッションで、島袋教授が地方自治のセッション担当で、それぞれ深い専門知識・経験を有する、しっかりした講師陣となりました。オーランド側は、経済がオーランド統計研究センターのリチャード・パーマー博士、平和はもちろんオーランド平和研究所のシア・スピリオポロ・アケルマルク所長(発音がこれで正しいのかどうかは、ちょっと自信ありませんが)、そして自治制度は元オーランド議会官房長官のラース・イングマー・ヨハンソン氏で、こちらも専門知識・経験の豊富なしっかりしたメンバーでした。
言葉の問題も、やや不安材料だったのですが、フィンランド領でありながらスウェーデン語を公用語としているオーランドの人たちは皆、同時に英語にも非常に堪能で、英語でのコミュニケーションには全く問題なく、セミナーもすべて英語で行われました。
2日間にわたるセッションの最後には、パネルディスカッションが行われました。パネラーは、講演も行っていただいた島袋、池上両教授、アケルマルク平和研究所長のほか、本年初めまでノルウェー北部のバレンツ研究所で客員研究員をされていた静岡県立大学の大西富士夫氏、およびオーランド島政府長官であるエリザベート・ナウクレールさんも加わって、沖縄・オーランドの未来に関して、活発な意見交換が行われました。
短い時間ながらも非常に濃い情報交換が行われた、有意義な会議だったと思います。聴衆も、オーランド島の参加者だけでなく、フィンランド大使館から挨拶にいらした安田邦彦一等書記官(セミナー開会の挨拶もしていただきました)ほか、フィンランド大使館から関係機関にこのセミナーを広くアナウンスしていただいたそうで、それを聞いてやってきたとおっしゃっていた、ヘルシンキ大学の先生や学生、インドネシア政府ヘルシンキ大使館の職員の方など、幅広い方々にご参加いただき、その意味でも意義深いものとなりました。
このセミナーは、前ロンドン所長の務台さんの強い思い入れによって実現したもので、ロンドン事務所としては、僕の知る限り初めて英国外で開催したセミナーでした。
もともと、2002年度から2004年度にかけて、中央大学の9研究所が合同してオーランド島と沖縄島との比較研究を行っており、その成果は「リージョンの時代と島の自治 - バルト海オーランド島と東シナ海沖縄島の比較研究」(古城利明編、中央大学出版部)という書籍の形でまとめられていました。
務台前所長は、ロンドン事務所着任前からこれをご存じで非常にオーランド島に興味を持たれており、在任中には早速オーランドに直接出向いて関係者との意見交換をされてきたそうです。そして、その折に、ぜひオーランドで沖縄県と共同でのセミナーを開催し、沖縄と直接意見交換を行いたいというオーランドの希望を聞き、ロンドン事務所がその場を提供することを約束して、今回のセミナーに至ったものでした。
当初、ロンドン事務所管轄地域とはいえ、事務所からみると「外国」であるオーランドでセミナーを開催することに、不安がなかったわけではありませんでしたが、オーランド側では、オーランド平和研究所が事務局を務め、会場確保からオーランド側の講師確保、宿泊所・食事の手配等々、現地での実務をすべて積極的に行ってくれましたので、当初懸念したよりも円滑にセミナーを開催することができました。
とはいえ、やはり開催に至るまでには、いろいろ紆余曲折がありました。
オーランド平和研究所からの当初要望では、3日間にわたるセミナーで、経済・平和・自治制度の3つのテーマごとに、それぞれ沖縄側とオーランド側それぞれから各2名ずつ講師を招き、合計12セッションで深く議論したいということだったのですが、残念ながら、平和研究所が申請を出していたチャリティ団体からの補助金の確保ができなかったため、セミナー規模を縮小し、講師はテーマごとにオーランド、沖縄各1名として、講師確保の予算はすべてクレア側で賄うことに。その結果、開催期間は2日間として、当初オーランド側で計画していたセミナー終了後の視察ツアーも中止になりました。
講師の選定に当たっても、オーランド側講師は地元なので特に問題なかったのですが、沖縄側の講師については、県庁から部長クラス以上、琉球大学の教授+アルファということでいろいろ当たってみたのですが、なかなか日程の都合が折り合わず、講師が確定しなくてひやひやしました。結果としては、県庁のご努力によって、上原勝則観光商工部産業雇用統括官、島袋純琉球大学教授の日程を押さえていただき、また、オーランドから紹介のあった、中央大学の研究時にも参加されていたストックホルム大学の池上雅子教授を3人目の講師としてお迎えすることで、無事事なきを得ました。
ちなみに、上原統括官は経済のセッション、池上教授が平和のセッションで、島袋教授が地方自治のセッション担当で、それぞれ深い専門知識・経験を有する、しっかりした講師陣となりました。オーランド側は、経済がオーランド統計研究センターのリチャード・パーマー博士、平和はもちろんオーランド平和研究所のシア・スピリオポロ・アケルマルク所長(発音がこれで正しいのかどうかは、ちょっと自信ありませんが)、そして自治制度は元オーランド議会官房長官のラース・イングマー・ヨハンソン氏で、こちらも専門知識・経験の豊富なしっかりしたメンバーでした。
言葉の問題も、やや不安材料だったのですが、フィンランド領でありながらスウェーデン語を公用語としているオーランドの人たちは皆、同時に英語にも非常に堪能で、英語でのコミュニケーションには全く問題なく、セミナーもすべて英語で行われました。
2日間にわたるセッションの最後には、パネルディスカッションが行われました。パネラーは、講演も行っていただいた島袋、池上両教授、アケルマルク平和研究所長のほか、本年初めまでノルウェー北部のバレンツ研究所で客員研究員をされていた静岡県立大学の大西富士夫氏、およびオーランド島政府長官であるエリザベート・ナウクレールさんも加わって、沖縄・オーランドの未来に関して、活発な意見交換が行われました。
短い時間ながらも非常に濃い情報交換が行われた、有意義な会議だったと思います。聴衆も、オーランド島の参加者だけでなく、フィンランド大使館から挨拶にいらした安田邦彦一等書記官(セミナー開会の挨拶もしていただきました)ほか、フィンランド大使館から関係機関にこのセミナーを広くアナウンスしていただいたそうで、それを聞いてやってきたとおっしゃっていた、ヘルシンキ大学の先生や学生、インドネシア政府ヘルシンキ大使館の職員の方など、幅広い方々にご参加いただき、その意味でも意義深いものとなりました。
2009年9月2日水曜日
Sister Cities International Conference
7月29日(水)から8月1日(土)まで、ベルファストで「国際姉妹都市会議」の年次総会が開かれ、ニューヨーク事務所の佐々木所長、阿部所長補佐とともに、当事務所からも僕、キルヒナー主任調査員、松野下所長補佐の3名が参加した。この会議は、メンバーのほとんどがアメリカの地方自治体ということから、これまではずっとアメリカの都市で開かれていたそうだが、今年は初めて英国で開催されることとなった。
例年500名以上が参加している非常に規模の大きなカンファレンスだそうだが、今年は北米から遠い北アイルランドの地での開催だった上、昨年来の不況の影響もあって、参加者はかなり少なめ。それでも300名以上の参加があったということなので、大したもの。
数多くのセッションやワークショップ、視察プログラムが設けられており、参加できたのはそのうちのごく一部のプログラムだけだった。
ロンドン事務所は2日目の7月30日(木)からの参加。朝、ヒースロー空港で松野下さん、キルヒナーさんと落ち合って、飛行機でベルファストへ。空港からはタクシーで会場である Waterfront Hall に向かった。会場に着くと昼食休憩の時間で、受付で登録を済ませたのち、サンドイッチと飲み物を受け取りに列に並んだ。その途中で、ニューヨーク事務所の佐々木所長、阿部所長補佐と合流し、一緒に昼食をいただいた。
昼食後、午後1時45分から3時まで、ワークショップの「Stories of Success: 1 Year, 20 Years, 50 Years」を聞く。複数のプレゼンターが、それぞれの体験談を披露。姉妹都市成功の要因として重要なのは、市長・議会のサポート、財源の裏付け、若者の参加、メディアとの関係であるといった内容。アメリカでの姉妹都市活動は、日本とは異なり民間のボランティア団体主導なので、人材の継続性の点では有利だが、いろいろなところとの調整はなかなか大変そう。特に行政と異なって「予算措置」というわけにはいかないので、活動資金の確保は大きな大きな課題のようだ。しかし、それだけに成功しているところの人々は、非常にエネルギッシュな活動家、という印象を受けた。
ワークショップの後、ホテルに行ってチェックイン。その後、6時半から、Ulster Hallで開かれた市長招宴に参加。少女たちの踊る地元北アイルランドのダンスや音楽や歌など、催しは楽しかったが、飲み物と食事はかなり少なめだったため、終了後、ニューヨーク事務所の人たちと一緒に近くのイタリアン・レストランで食事をしなおした。
翌31日(金)は、午前10時15分からのワークショップ「The Best of European Twinning」に参加。このワークショップでは、事前の要請があったため、ニューヨーク事務所とともに、プレゼンターとして発表を行った。モデレーターは、日頃から懇意にしている英国 Local Government Association の Susan Handley。発表者は、僕と佐々木所長以外に、Africa Global Sister Cities Foundation の Prince Kwame Kludjeson氏(ガーナ)、U.S. Mexico Sister Cities Association の Gil Garcia女史、Ismael Perez 氏など、まさに International。ただ、タイトルは「European Twinning」と銘打たれていたが、プレゼンターを見てわかるとおり、ヨーロッパ関係の発表を行ったのは僕だけ。つまり英国と日本の関係だけ。実質的には日本、アフリカ、メキシコの姉妹都市推進への努力を紹介しあうセッションとなった。しかも、プレゼンターの一人の到着が遅れた関係で、開始時間が遅れ、時間が押したために、ほとんど質疑のない発表しっぱなしのセッションで、議論の深まりにはやや乏しかった。そんな中、モデレーターのスーザンの司会ぶりはうまく、それだけが救いだった感じ。
昼食後、午後1時から5時過ぎまでは、Offsite Workshop。つまり「視察旅行」。「Bridging the Gap across Borders」というタイトルで、ベルファストからバスで1時間の北アイルランドとアイルランドとの国境の町 Newry and Morne に行き、住民の融和に関する取り組みの話を聞いたり、地元のボランティア手作りの歴史博物館を見学したりしてきた。
ベルファストに戻ってきた後、6時半からは、来年の開催地、アメリカの Albaquerque 市主催のレセプションに参加。食事をすませたフリータイムには、アメリカのフォートワース、ジャクソンビルからの人や韓国から参加されている方々など、いろいろな人とお話。終了後は、再びニューヨーク事務所と一緒になり、パブに繰り出した。
その日もホテルに泊まり、ニューヨーク組は翌9月1日(土)午前中の会議にも参加したが、我々ロンドン組は、朝タクシーで空港に向かい、そのまま飛行機でロンドンに戻った。
例年500名以上が参加している非常に規模の大きなカンファレンスだそうだが、今年は北米から遠い北アイルランドの地での開催だった上、昨年来の不況の影響もあって、参加者はかなり少なめ。それでも300名以上の参加があったということなので、大したもの。
数多くのセッションやワークショップ、視察プログラムが設けられており、参加できたのはそのうちのごく一部のプログラムだけだった。
ロンドン事務所は2日目の7月30日(木)からの参加。朝、ヒースロー空港で松野下さん、キルヒナーさんと落ち合って、飛行機でベルファストへ。空港からはタクシーで会場である Waterfront Hall に向かった。会場に着くと昼食休憩の時間で、受付で登録を済ませたのち、サンドイッチと飲み物を受け取りに列に並んだ。その途中で、ニューヨーク事務所の佐々木所長、阿部所長補佐と合流し、一緒に昼食をいただいた。
昼食後、午後1時45分から3時まで、ワークショップの「Stories of Success: 1 Year, 20 Years, 50 Years」を聞く。複数のプレゼンターが、それぞれの体験談を披露。姉妹都市成功の要因として重要なのは、市長・議会のサポート、財源の裏付け、若者の参加、メディアとの関係であるといった内容。アメリカでの姉妹都市活動は、日本とは異なり民間のボランティア団体主導なので、人材の継続性の点では有利だが、いろいろなところとの調整はなかなか大変そう。特に行政と異なって「予算措置」というわけにはいかないので、活動資金の確保は大きな大きな課題のようだ。しかし、それだけに成功しているところの人々は、非常にエネルギッシュな活動家、という印象を受けた。
ワークショップの後、ホテルに行ってチェックイン。その後、6時半から、Ulster Hallで開かれた市長招宴に参加。少女たちの踊る地元北アイルランドのダンスや音楽や歌など、催しは楽しかったが、飲み物と食事はかなり少なめだったため、終了後、ニューヨーク事務所の人たちと一緒に近くのイタリアン・レストランで食事をしなおした。
翌31日(金)は、午前10時15分からのワークショップ「The Best of European Twinning」に参加。このワークショップでは、事前の要請があったため、ニューヨーク事務所とともに、プレゼンターとして発表を行った。モデレーターは、日頃から懇意にしている英国 Local Government Association の Susan Handley。発表者は、僕と佐々木所長以外に、Africa Global Sister Cities Foundation の Prince Kwame Kludjeson氏(ガーナ)、U.S. Mexico Sister Cities Association の Gil Garcia女史、Ismael Perez 氏など、まさに International。ただ、タイトルは「European Twinning」と銘打たれていたが、プレゼンターを見てわかるとおり、ヨーロッパ関係の発表を行ったのは僕だけ。つまり英国と日本の関係だけ。実質的には日本、アフリカ、メキシコの姉妹都市推進への努力を紹介しあうセッションとなった。しかも、プレゼンターの一人の到着が遅れた関係で、開始時間が遅れ、時間が押したために、ほとんど質疑のない発表しっぱなしのセッションで、議論の深まりにはやや乏しかった。そんな中、モデレーターのスーザンの司会ぶりはうまく、それだけが救いだった感じ。
昼食後、午後1時から5時過ぎまでは、Offsite Workshop。つまり「視察旅行」。「Bridging the Gap across Borders」というタイトルで、ベルファストからバスで1時間の北アイルランドとアイルランドとの国境の町 Newry and Morne に行き、住民の融和に関する取り組みの話を聞いたり、地元のボランティア手作りの歴史博物館を見学したりしてきた。
ベルファストに戻ってきた後、6時半からは、来年の開催地、アメリカの Albaquerque 市主催のレセプションに参加。食事をすませたフリータイムには、アメリカのフォートワース、ジャクソンビルからの人や韓国から参加されている方々など、いろいろな人とお話。終了後は、再びニューヨーク事務所と一緒になり、パブに繰り出した。
その日もホテルに泊まり、ニューヨーク組は翌9月1日(土)午前中の会議にも参加したが、我々ロンドン組は、朝タクシーで空港に向かい、そのまま飛行機でロンドンに戻った。
2009年8月3日月曜日
7月21日~8月14日
相変わらず更新が滞っているけど、なんとか思い出せるうちに、出来事の記録だけでも。
7月21日の週は、あまり大きな仕事はなく、事務所での打ち合わせなどが中心だった。早めに家に帰って、家族(と親戚)との時間を過ごすことができた。
23日(木)の昼には、国際交流基金の石田所長、村田副所長、当事務所の宮本所長補佐とで昼食。石田所長の出身地が広島ということから、一度広島市から派遣中の宮本さんと顔合わせをしておきたいというご希望を伺っていたため、基金の新しい女性副所長の村田さんを誘っていただいて、4人で昼食を取りながら、今後のイベントの協力関係などについての意見交換をしたもの。来年広島市立大学がロンドンでイベントを催すという話もあるので、そのあたりでの協力関係もありうるかもしれない。
24日(金)は、午後3時半にJNTO(政府観光局)で今度帰任することとなった高橋次長と、その後任として着任された板垣次長とが来訪。板垣次長も女性で、ロンドンの政府関係機関も、結構女性が増えてきた。世界で活躍する女性が増えるのは、本当に結構なこと。その日午後5時半ころから、事務所の Andrew Stevens研究員の案内で、ロンドンオリンピックの開催予定地を視察。東京都から派遣の引場参事、神林所長補佐、吉川調査助手と僕との5人で、地下鉄とDLRに乗ってStratfordまで行った。途中、地下鉄からDLRに乗り換えたCanary Warfでは、いきなり汐留かニューヨークかというような超近代的なビルのオフィス街が目の前に現れてびっくり。実は1年ロンドンにいて、ここにはまだ来たことがなかったのだが、全くの近代的金融街。金曜日の夕方ということもあって、非常に大勢のサラリーマンたちでにぎわっており、不況もどこ吹く風。オリンピックにはまだ3年あるので、スタジアムの建設は、まだようやく1~2割の進捗といったところか。しかし、Stratfordには、大きなショッピングセンターもできていて、今後かなりにぎわってきそうな感じ。
引場さんは、その後の予定があるとのことで、視察だけで引き揚げたが、残りの4人は、Andrewの案内で、East End でインド人が経営する和食(?)店「一番」へ行き、夕食。非常に安くて、意外とおいしかったのでびっくり。
27日(月)は、成蹊大学法学部の西村教授が来訪。日本で公務員への業績給与制度の導入を検討されておられるとのことで、すでに業績給を導入しているイングランドの例を調査したいということで来られたもの。しかしながら、夏休みということもあってか、アポイントメントを取るのに悪戦苦闘。先生とも往復で20回近くメールのやり取りをしたけれど、ようやくのことでなんとか2団体インタビュー先を確保。調査がうまくいっていただければよいけれど。
また、この日からは、2週間の予定で子供たちがサマースクールに。朝は妻が娘の校舎、僕が出勤前に息子の校舎まで送って行った。結構不安を抱えながらのスタート。
28日(火)は、先週金曜日24日にロンドンにやってきて、明日29日まで滞在していた母と叔母が、この日は自由行動日ということで、僕も仕事をお休みしてお付き合い。妻と一緒に車でホテルまで迎えに行った後、ちょっとお買い物をして我が家に来ていただき、一緒に昼食。おそばとほうれん草のおひたしで、なかなか好評だった。母は疲れて我が家でお昼寝。叔母は元気に妻と再び買い物に。夕食は特にいいとのことだったので、3時ごろに車でホテルまで送ってお開き。
30日(木)から8月1日(土)にかけて、ベルファストで開かれた Sister Cities International Conference に出席。キルヒナーさん、松野下さんが同行。この会議は、アメリカが中心となって例年アメリカ国内で行われている会議だけれど、今年は一度アメリカ外で開催しようということになって、ベルファストにやってきたもの。
例年は500人規模の会議らしいけれど、今年は遠隔地と不況のダブルパンチでやや少なめだったとか。それでも300人は超えていた。
会議ではニューヨーク事務所の佐々木所長、阿部所長補佐とも会って、いくつか行動を共にした。会議の様子は、また稿を改めて。
8月3日(月)は、午前11時に自治省の先輩で今新生銀行にお勤めの陶山さん来訪。クレアの委託研究をされているとのことで、スコットランドの分権についての調査に来られており、スコットランドでの調査の前に、事務所にお立ち寄りになられたもの。
正午には、ベルファストからこちらに回ってきたニューヨーク事務所の佐々木所長、阿部所長補佐が来訪。うちの事務所のメンバー何人かと一緒に昼食を取りながら、もろもろの意見交換。
8月4日(火)は、午前10時に岡山県早島町の佐藤友彦町長来訪。イングランドのSt.Annesというパリッシュとの姉妹提携の可能性を探るため単身出張されて来られたとのこと。30分ほど僕とお話した後、キルヒナー主任調査員からの、イングランドの地方自治についての一般的なレクチャーをお聞きいただいた。後日お礼のメールをいただいたが「St.Annesはパリッシュながら自分たちのcouncilをつくり、町づくりを進めています。我々とのTwinningについても積極的で、新しい市長以下で歓迎してくれました。二日間のスケジュールで町の姿は概ね掴むことが出来ましたが、風俗、習慣の異なる市民がお互いに交流することに大いに意義深いものを感じました。お互いの町が夫々key station になって両国の交流に貢献出来ればと期待しています」とおっしゃっておられた。話がうまく進めば、日本の町とパリッシュとの初めての提携事例になる。期待したい。
午前11時30分には、シンガポール事務所から望月所長補佐が来訪。今回は休暇でイギリスに来たので、事務所に寄ってくれたらしい。その後、12時頃には、昨日事務所に来られた陶山さんが再度来訪。スコットランドに調査に行く前に、資料の準備のため事務所のコピー機等をご利用になりたいとのことでお立ち寄り。昼食にもお誘いいただいたのだが、あいにく僕が弁当持参だったため、所長室にサンドイッチを持って来られて事務所でお話ししながらの昼食会。
その週の残りの日は、夏休みに入っている関係もあって、特に大きな行事なし。事務所での仕事に専念。
翌週も特に大きな行事はなかったが、この機会を使って、所員が手分けしてまとめている「英国の地方自治」の2009年版の総チェック。14日までに一通り所員から説明を聞き、宿題を出し終えて、僕自身の夏休みに入る。
15日(土)から23日(日)にかけては、夏休みで家族一同パリに行く。その間のことは、妻のブログに詳しく書かれている。
7月21日の週は、あまり大きな仕事はなく、事務所での打ち合わせなどが中心だった。早めに家に帰って、家族(と親戚)との時間を過ごすことができた。
23日(木)の昼には、国際交流基金の石田所長、村田副所長、当事務所の宮本所長補佐とで昼食。石田所長の出身地が広島ということから、一度広島市から派遣中の宮本さんと顔合わせをしておきたいというご希望を伺っていたため、基金の新しい女性副所長の村田さんを誘っていただいて、4人で昼食を取りながら、今後のイベントの協力関係などについての意見交換をしたもの。来年広島市立大学がロンドンでイベントを催すという話もあるので、そのあたりでの協力関係もありうるかもしれない。
24日(金)は、午後3時半にJNTO(政府観光局)で今度帰任することとなった高橋次長と、その後任として着任された板垣次長とが来訪。板垣次長も女性で、ロンドンの政府関係機関も、結構女性が増えてきた。世界で活躍する女性が増えるのは、本当に結構なこと。その日午後5時半ころから、事務所の Andrew Stevens研究員の案内で、ロンドンオリンピックの開催予定地を視察。東京都から派遣の引場参事、神林所長補佐、吉川調査助手と僕との5人で、地下鉄とDLRに乗ってStratfordまで行った。途中、地下鉄からDLRに乗り換えたCanary Warfでは、いきなり汐留かニューヨークかというような超近代的なビルのオフィス街が目の前に現れてびっくり。実は1年ロンドンにいて、ここにはまだ来たことがなかったのだが、全くの近代的金融街。金曜日の夕方ということもあって、非常に大勢のサラリーマンたちでにぎわっており、不況もどこ吹く風。オリンピックにはまだ3年あるので、スタジアムの建設は、まだようやく1~2割の進捗といったところか。しかし、Stratfordには、大きなショッピングセンターもできていて、今後かなりにぎわってきそうな感じ。
引場さんは、その後の予定があるとのことで、視察だけで引き揚げたが、残りの4人は、Andrewの案内で、East End でインド人が経営する和食(?)店「一番」へ行き、夕食。非常に安くて、意外とおいしかったのでびっくり。
27日(月)は、成蹊大学法学部の西村教授が来訪。日本で公務員への業績給与制度の導入を検討されておられるとのことで、すでに業績給を導入しているイングランドの例を調査したいということで来られたもの。しかしながら、夏休みということもあってか、アポイントメントを取るのに悪戦苦闘。先生とも往復で20回近くメールのやり取りをしたけれど、ようやくのことでなんとか2団体インタビュー先を確保。調査がうまくいっていただければよいけれど。
また、この日からは、2週間の予定で子供たちがサマースクールに。朝は妻が娘の校舎、僕が出勤前に息子の校舎まで送って行った。結構不安を抱えながらのスタート。
28日(火)は、先週金曜日24日にロンドンにやってきて、明日29日まで滞在していた母と叔母が、この日は自由行動日ということで、僕も仕事をお休みしてお付き合い。妻と一緒に車でホテルまで迎えに行った後、ちょっとお買い物をして我が家に来ていただき、一緒に昼食。おそばとほうれん草のおひたしで、なかなか好評だった。母は疲れて我が家でお昼寝。叔母は元気に妻と再び買い物に。夕食は特にいいとのことだったので、3時ごろに車でホテルまで送ってお開き。
30日(木)から8月1日(土)にかけて、ベルファストで開かれた Sister Cities International Conference に出席。キルヒナーさん、松野下さんが同行。この会議は、アメリカが中心となって例年アメリカ国内で行われている会議だけれど、今年は一度アメリカ外で開催しようということになって、ベルファストにやってきたもの。
例年は500人規模の会議らしいけれど、今年は遠隔地と不況のダブルパンチでやや少なめだったとか。それでも300人は超えていた。
会議ではニューヨーク事務所の佐々木所長、阿部所長補佐とも会って、いくつか行動を共にした。会議の様子は、また稿を改めて。
8月3日(月)は、午前11時に自治省の先輩で今新生銀行にお勤めの陶山さん来訪。クレアの委託研究をされているとのことで、スコットランドの分権についての調査に来られており、スコットランドでの調査の前に、事務所にお立ち寄りになられたもの。
正午には、ベルファストからこちらに回ってきたニューヨーク事務所の佐々木所長、阿部所長補佐が来訪。うちの事務所のメンバー何人かと一緒に昼食を取りながら、もろもろの意見交換。
8月4日(火)は、午前10時に岡山県早島町の佐藤友彦町長来訪。イングランドのSt.Annesというパリッシュとの姉妹提携の可能性を探るため単身出張されて来られたとのこと。30分ほど僕とお話した後、キルヒナー主任調査員からの、イングランドの地方自治についての一般的なレクチャーをお聞きいただいた。後日お礼のメールをいただいたが「St.Annesはパリッシュながら自分たちのcouncilをつくり、町づくりを進めています。我々とのTwinningについても積極的で、新しい市長以下で歓迎してくれました。二日間のスケジュールで町の姿は概ね掴むことが出来ましたが、風俗、習慣の異なる市民がお互いに交流することに大いに意義深いものを感じました。お互いの町が夫々key station になって両国の交流に貢献出来ればと期待しています」とおっしゃっておられた。話がうまく進めば、日本の町とパリッシュとの初めての提携事例になる。期待したい。
午前11時30分には、シンガポール事務所から望月所長補佐が来訪。今回は休暇でイギリスに来たので、事務所に寄ってくれたらしい。その後、12時頃には、昨日事務所に来られた陶山さんが再度来訪。スコットランドに調査に行く前に、資料の準備のため事務所のコピー機等をご利用になりたいとのことでお立ち寄り。昼食にもお誘いいただいたのだが、あいにく僕が弁当持参だったため、所長室にサンドイッチを持って来られて事務所でお話ししながらの昼食会。
その週の残りの日は、夏休みに入っている関係もあって、特に大きな行事なし。事務所での仕事に専念。
翌週も特に大きな行事はなかったが、この機会を使って、所員が手分けしてまとめている「英国の地方自治」の2009年版の総チェック。14日までに一通り所員から説明を聞き、宿題を出し終えて、僕自身の夏休みに入る。
15日(土)から23日(日)にかけては、夏休みで家族一同パリに行く。その間のことは、妻のブログに詳しく書かれている。
2009年7月21日火曜日
7月6日~20日
いろいろなイベントが連続的にあったため、落ち着いたら書こうと思っているうちに、どんどん書くべきことがたまっていくまま時間は過ぎる一方。
とりあえず、あったことだけを記録しておき、もし時間ができれば肉付けする方針で行こう。
6日(月)は、クレア本部に静岡県から派遣中の赤池さんご夫妻が来訪。夏期休暇でフランス・イギリスと回っている。赤池さんは、来年4月からロンドン事務所に勤務予定。その下見も兼ねているとのこと。事務所によってもらい、少し雑談。昼食は、事務所の所長補佐の人たちと。
で、僕自身の昼食は、地共連時代の知人で野村アセットマネジメントUKの社長として最近こちらにこられた渡辺さんとご一緒。電話ではお話していたけれど、再会はかなり久しぶり。一緒にカナダ、アメリカを視察して回った頃の話などで盛り上がった。
夕方、仕事終了後には再度赤池夫妻が事務所に寄ってくれ、有志でパブに繰り出した。
8日(水)は、サイボーズ社来訪。国産のグループウェア会社で、日本ではグループウェアのシェアトップらしい。知らなかった。ウチの事務所でも、Share360 というグループウェアを共用の予定表として利用させていただいており、重宝している。ただ、デザインが今となってはやや古くさいのと、メールの使い勝手が悪いのが弱点で、正直にそう申し上げておいた。
9日(木)は、昼にホテル・ジュメイラで時事通信社トップセミナーに参加。講師は、デービッド・ウォレン駐日英国大使で、演題は「英大使の見る日本の政治と社会」。日本の政治辛みの話もおもしろかったけれど、それよりも大使の父だったか祖父だったかがベラルーシ出身というのには驚いた。イギリスは、そういう人も大使にするんだ。度量が広い。この日昼食時に同席したのは、不動産エージェント「JAC Strattons」 の内田社長とペインクリニック「Dr. 伊藤クリニック」の伊藤いづみさん。内田さんはお父さんが英国教会の神父さんだとかで、不動産の話以外にも教会の話などをいろいろ聞くことができて、こちらも非常におもしろかった。
10日(金)は、宮本所長補佐、キース・ケリー調査員とバーミンガムに出張。バーミンガム市の地域再生事業の視察と、短期研修事業に関するバーミンガム大学との打ち合わせが目的。地域再生事業との視察では、元バーミンガム市役所で開発を担当しており、現在はバーミンガム大学博士となっておられるDr. Jon Bloomfieldさんの案内で、やはりバーミンガム大学のSimon先生ともども街中をたっぷりと歩いて、様々な取り組みをじっくり見させていただいた。中心街を道路中心から歩行者中心にするため、非常にユニークな構造に作り替え、実にモダンな都市に生まれ変わった。一方、まだ工場街が残って汚いところも同時に視察。また、運河も再生前の汚いものと、再生後の美しいものとの両方をみせていただき、その対比に非常に感銘を受けた。バーミンガム大学では、ちょうど卒業式に当たり、単に打ち合わせだけでなく、イギリスの老舗大学の卒業式風景を見ることができたのも、大きな収穫。
13日(月)は、仕事終了後、JETAAロンドン支部との意見交換会。JETAA担当の小川所長補佐、山口次長のほか、新しく事務所に来たばかりの引場参事、神林所長補佐にも参加してもらい、JETAAたちへのお披露目。英会話の練習でもある。UK代表のJosy、ロンドン代表のSharonをはじめ、Stewert、Hugh、Vanessa、Christine、Jesica とみんな元気で楽しい人たちで、大いに盛り上がった。
14日(火)は、仕事終了後に、引場参事、神林所長補佐の事務所歓迎会。事務所で軽食をつまんだ後、パブで一杯。その後、僕の自宅に有志で行って3次会。
15日(水)は、事務所主催の勉強会「スピーカーシリーズ」。今回は、先日グラスゴー大学でのセミナーでお世話になった戸田先生に、講師を務めていただいた。戸田先生は、産経新聞記者としてスタートし、退職後エチオピアの難民救済事業に従事した後、開発経済を学ぶためにグラスゴー大学で勉強し、結局そこにいついて、今はスコットランドのベンチャー企業が国際的に活躍できるための橋渡し役となるプロジェクトをやっているという非常にユニークな経歴の持ち主。期待通り、イギリスの教育事情、大学事情から、雑談では日本の政治談義まで、いろいろおもしろいお話を聞くことができた。
17日(金)は、午後4時半からJETROで広報連絡会議。隔月に行っている、在ロンドン日系機関(主として政府系)による、広報活動の打合会。通常の会議の後、商工会議所の人事異動で新たにメンバーとなられた、花岡事務総長の歓迎会も兼ねての懇親会も行った。
18日(土)は、午後4時の飛行機で家族が来訪。妻の姉とその子供達も、夏休みで一緒に来英。ヒースロー空港は、夏休みのため非常な混雑だった。
19日(日)には、早速市内観光。大英博物館を1時間ほど歩く。ツタンカーメンがいなくなっているのは、初めて知った。下調べもせず行ったため、結局ロゼッタストーンも見つけられず。その後、中華街で昼食。
20日(月)は、日本の海の日に合わせて、事務所休暇を設定したのでお休み。娘の候補学校の一つの見学に行く。学校視察後、リージェント・パークでくつろぐ。いったん帰宅して昼食を取ると、妻と義姉はハロッズへ買い物に。ほんと元気。
かくいう僕も、午後6時からは、大使館でJET出国者レセプションに出席。6時半からの大使の挨拶、JETAAの挨拶、JET出発者代表の挨拶の後、僕が乾杯の音頭。自分で書いた原稿で話したが、まあまあのウケだった。帰国者レセプションの時には、さらにがんばろう。終了後、JETやJETAAたちとパブに繰り出す。午後11時の閉店まで粘って帰宅。
とりあえず、あったことだけを記録しておき、もし時間ができれば肉付けする方針で行こう。
6日(月)は、クレア本部に静岡県から派遣中の赤池さんご夫妻が来訪。夏期休暇でフランス・イギリスと回っている。赤池さんは、来年4月からロンドン事務所に勤務予定。その下見も兼ねているとのこと。事務所によってもらい、少し雑談。昼食は、事務所の所長補佐の人たちと。
で、僕自身の昼食は、地共連時代の知人で野村アセットマネジメントUKの社長として最近こちらにこられた渡辺さんとご一緒。電話ではお話していたけれど、再会はかなり久しぶり。一緒にカナダ、アメリカを視察して回った頃の話などで盛り上がった。
夕方、仕事終了後には再度赤池夫妻が事務所に寄ってくれ、有志でパブに繰り出した。
8日(水)は、サイボーズ社来訪。国産のグループウェア会社で、日本ではグループウェアのシェアトップらしい。知らなかった。ウチの事務所でも、Share360 というグループウェアを共用の予定表として利用させていただいており、重宝している。ただ、デザインが今となってはやや古くさいのと、メールの使い勝手が悪いのが弱点で、正直にそう申し上げておいた。
9日(木)は、昼にホテル・ジュメイラで時事通信社トップセミナーに参加。講師は、デービッド・ウォレン駐日英国大使で、演題は「英大使の見る日本の政治と社会」。日本の政治辛みの話もおもしろかったけれど、それよりも大使の父だったか祖父だったかがベラルーシ出身というのには驚いた。イギリスは、そういう人も大使にするんだ。度量が広い。この日昼食時に同席したのは、不動産エージェント「JAC Strattons」 の内田社長とペインクリニック「Dr. 伊藤クリニック」の伊藤いづみさん。内田さんはお父さんが英国教会の神父さんだとかで、不動産の話以外にも教会の話などをいろいろ聞くことができて、こちらも非常におもしろかった。
10日(金)は、宮本所長補佐、キース・ケリー調査員とバーミンガムに出張。バーミンガム市の地域再生事業の視察と、短期研修事業に関するバーミンガム大学との打ち合わせが目的。地域再生事業との視察では、元バーミンガム市役所で開発を担当しており、現在はバーミンガム大学博士となっておられるDr. Jon Bloomfieldさんの案内で、やはりバーミンガム大学のSimon先生ともども街中をたっぷりと歩いて、様々な取り組みをじっくり見させていただいた。中心街を道路中心から歩行者中心にするため、非常にユニークな構造に作り替え、実にモダンな都市に生まれ変わった。一方、まだ工場街が残って汚いところも同時に視察。また、運河も再生前の汚いものと、再生後の美しいものとの両方をみせていただき、その対比に非常に感銘を受けた。バーミンガム大学では、ちょうど卒業式に当たり、単に打ち合わせだけでなく、イギリスの老舗大学の卒業式風景を見ることができたのも、大きな収穫。
13日(月)は、仕事終了後、JETAAロンドン支部との意見交換会。JETAA担当の小川所長補佐、山口次長のほか、新しく事務所に来たばかりの引場参事、神林所長補佐にも参加してもらい、JETAAたちへのお披露目。英会話の練習でもある。UK代表のJosy、ロンドン代表のSharonをはじめ、Stewert、Hugh、Vanessa、Christine、Jesica とみんな元気で楽しい人たちで、大いに盛り上がった。
14日(火)は、仕事終了後に、引場参事、神林所長補佐の事務所歓迎会。事務所で軽食をつまんだ後、パブで一杯。その後、僕の自宅に有志で行って3次会。
15日(水)は、事務所主催の勉強会「スピーカーシリーズ」。今回は、先日グラスゴー大学でのセミナーでお世話になった戸田先生に、講師を務めていただいた。戸田先生は、産経新聞記者としてスタートし、退職後エチオピアの難民救済事業に従事した後、開発経済を学ぶためにグラスゴー大学で勉強し、結局そこにいついて、今はスコットランドのベンチャー企業が国際的に活躍できるための橋渡し役となるプロジェクトをやっているという非常にユニークな経歴の持ち主。期待通り、イギリスの教育事情、大学事情から、雑談では日本の政治談義まで、いろいろおもしろいお話を聞くことができた。
17日(金)は、午後4時半からJETROで広報連絡会議。隔月に行っている、在ロンドン日系機関(主として政府系)による、広報活動の打合会。通常の会議の後、商工会議所の人事異動で新たにメンバーとなられた、花岡事務総長の歓迎会も兼ねての懇親会も行った。
18日(土)は、午後4時の飛行機で家族が来訪。妻の姉とその子供達も、夏休みで一緒に来英。ヒースロー空港は、夏休みのため非常な混雑だった。
19日(日)には、早速市内観光。大英博物館を1時間ほど歩く。ツタンカーメンがいなくなっているのは、初めて知った。下調べもせず行ったため、結局ロゼッタストーンも見つけられず。その後、中華街で昼食。
20日(月)は、日本の海の日に合わせて、事務所休暇を設定したのでお休み。娘の候補学校の一つの見学に行く。学校視察後、リージェント・パークでくつろぐ。いったん帰宅して昼食を取ると、妻と義姉はハロッズへ買い物に。ほんと元気。
かくいう僕も、午後6時からは、大使館でJET出国者レセプションに出席。6時半からの大使の挨拶、JETAAの挨拶、JET出発者代表の挨拶の後、僕が乾杯の音頭。自分で書いた原稿で話したが、まあまあのウケだった。帰国者レセプションの時には、さらにがんばろう。終了後、JETやJETAAたちとパブに繰り出す。午後11時の閉店まで粘って帰宅。
2009年7月5日日曜日
6月29日~7月5日
この間も盛りだくさんだったけれど、ごくかいつまんで、主なものだけ。
6月30日(火)から7月2日(木)にかけて、Yorkshire 地方の Harrogate市で Lacal Goverment Association の年次総会が行われた。うちの事務所は、この年次総会に毎年ブースを出してきたけれど、今年は「Bronz Sponcer」として、ブースのほか、各種掲示やパンフレットなどに、事務所のロゴも出してもらうことにして、露出を高めることに。また、ブースも、昨年はJNTO(政府観光局)からもらってきた日本の自治体の観光パンフレットを配ったり、観光PR用DVDを流したりといった企画で、今ひとつ「クレアらしさ」に欠けていたという反省の元、今年は、日本の自治体のベスト・プラクティスを紹介することを企画し、所員、特にローカルスタッフのJesonや東京都派遣の木村所長補佐に、かなりがんばってもらった。
ベストプラクティスとしては、「環境」「高齢者福祉」「産業振興」をテーマにそれぞれ2~3地域の施策を取り上げたけれど、その中では、リサイクル(徳島県上勝村)、風力発電(青森県)、介護セラピー用ロボット「ぱろ」(茨城県、富山県)などが注目を浴びた。
特に、富山県に「ぱろ」について問い合わせた際、業者から実物を無料でお借りすることができることに話がつき、ブースに本物を用意することができたため、効果は絶大。大いにPRとなった。
僕自身は、30日と7月1日の2日間だけの滞在で、カンファレンスのうち、前駐米大使の講演、自治体の市民対応の実践演習を役者を使ってロールプレイとして行うワークショップ、学校の国際交流の実践例を紹介するワークショップなどを聴講。他の仕事の関係もあって、昨年行ったSolaceカンファレンスに比べて滞在期間が短かかったのがやや残念だったけれど、今年のJapan Day Seminarに向けての関係者とのお話や、来年に向けての課題やアイデアなども得られて、それなりに有意義だったと思う。ちなみに、Harrogateは、想像以上に垢抜けて良い街だった。イギリスの田舎は、やはり侮りがたい。
1日(水)は、Harrogateから帰ってきたその足で、そのまま午後6時半から大使館で行われた、「自衛隊の日」の記念式典に参加。立食パーティだったけれど、さすがに疲れた。大使館の大塚書記官、JNTOの吉田所長ご夫妻など、馴染みの方とお話ししたほか、吉田ご夫妻と一緒におられた、カーディフに長年在住し、今も日本人学校などおお世話をされておられるという松井みどりさんとお会いし、ウェールズの良さについていろいろなお話を聞くことができたのは、おもしろかった。
2日(木)は、朝10時半から、JET Programme の出国前オリエンテーションに、小川所長補佐と一緒に出席。会場は Queen Mary University of London の People's Palaceという名前の建物内の教室。この日はよく晴れて非常に暑い日だった上、会場はJETに参加する若者達の熱気でむんむん。実に暑かった。
会を主催してくれている EJEF の岩永照子社長の司会で会が始まり、まずは大使館の岡庭公使のご挨拶。公使は帰国子女で海外生活も長かったとのことで、さすがに英語は堪能。原稿なしで、ジョークも交え、おもしろおかしくJETたちの日本生活での注意点などをお話しされ、JETたちもリラックスして聞いているのがよく見えた。次が、エディンバラ総領事館から井上書記官の挨拶。こちらは、あらかじめ用意してきた原稿を読む挨拶だったけれど、やはりジョークも入れており、なかなかのもの。それに引き替え、その後に続いた僕の挨拶は、まず原稿からして型どおりのおもしろみのないものだったし、しかもそれを単に読むのさえ緊張してかなり早口になってしまい、散々な出来。猛反省。僕に続いた小川所長補佐も、英語は本来うまいんだけれど、やはり初めて大勢の前で話をするというので、緊張してか早口になってしまっていた。課題は多い。
続いて英国外務省の担当からの挨拶だけれど、これは挨拶というより、日本に行ってトラブルに遭った際に具体的にどのような行動を取るべきか、また、そもそもトラブルを未然に防ぐためにどのような準備をしていくかといった非常に実践的な内容に関するプレゼン。しかも、パワーポイントのスライドに加えて、非常に凝った作りのショートビデオ付き。恐れ入った。
しかし、わかりやすい話をするためには、パワーポイントという手があるかと、勉強になった。
そして、British Councilの方から、英国と日本との学校交流についてのお話があり、その後、今年のJET達のお世話をしてくれるミキトラベルからの話が始まるところで、岡庭公使と僕は、先に退席させていただいた。
3日(金)は、12時から商工会議所主催のパーマストン会。この日の講師は、海老原紳英国大使ということで、いつもより集まりが良かったような気がする。場所は、シティにある London Capital Club。日本外交が現在直面している問題について、単に英国との関係にとどまらず、北朝鮮問題や中国問題、アメリカ問題などまで、率直に語っていただき、大変勉強になった。やはり、英国大使までされるほどの人の話は、説得力が断然違う。また、大使の話意外にも、その前に昼食時間中に、たまたま隣の席になったAlpine Electronics of UK社長(欧州副支配人)の井上氏とのお話も勉強になった。クレアが最近大阪府の橋下知事などから批判され、厳しい立場に置かれていることに関して、単にやっていることが「国際交流」というものであれば、今や民間でもできるし現に役所よりはるかにやっているのだから、そのような機能を担うものは、いらない。しかし、「外交」は昔から、そして将来も「国」の仕事でアリ続けると思うし、外交の中の「ソフト外交」になると官民の境界はあいまいになるけれども、やはり「国」なり地方も含めた「政府」としての役割はあり得るのだろう。要は、やっている仕事に、民間ではできない「外交」であるのだと胸を張って言える中身があるのかどうかということだ。というご意見。この日の講演テーマにも関係しており、胸に刺さった。JET Programmeも含め、まさにそういうものをやってきたし、これからもやり続けるのだという気概はあるものの、現実にはそうでない仕事も多いような気もする。いろいろ考えさせられた。
6月30日(火)から7月2日(木)にかけて、Yorkshire 地方の Harrogate市で Lacal Goverment Association の年次総会が行われた。うちの事務所は、この年次総会に毎年ブースを出してきたけれど、今年は「Bronz Sponcer」として、ブースのほか、各種掲示やパンフレットなどに、事務所のロゴも出してもらうことにして、露出を高めることに。また、ブースも、昨年はJNTO(政府観光局)からもらってきた日本の自治体の観光パンフレットを配ったり、観光PR用DVDを流したりといった企画で、今ひとつ「クレアらしさ」に欠けていたという反省の元、今年は、日本の自治体のベスト・プラクティスを紹介することを企画し、所員、特にローカルスタッフのJesonや東京都派遣の木村所長補佐に、かなりがんばってもらった。
ベストプラクティスとしては、「環境」「高齢者福祉」「産業振興」をテーマにそれぞれ2~3地域の施策を取り上げたけれど、その中では、リサイクル(徳島県上勝村)、風力発電(青森県)、介護セラピー用ロボット「ぱろ」(茨城県、富山県)などが注目を浴びた。
特に、富山県に「ぱろ」について問い合わせた際、業者から実物を無料でお借りすることができることに話がつき、ブースに本物を用意することができたため、効果は絶大。大いにPRとなった。
僕自身は、30日と7月1日の2日間だけの滞在で、カンファレンスのうち、前駐米大使の講演、自治体の市民対応の実践演習を役者を使ってロールプレイとして行うワークショップ、学校の国際交流の実践例を紹介するワークショップなどを聴講。他の仕事の関係もあって、昨年行ったSolaceカンファレンスに比べて滞在期間が短かかったのがやや残念だったけれど、今年のJapan Day Seminarに向けての関係者とのお話や、来年に向けての課題やアイデアなども得られて、それなりに有意義だったと思う。ちなみに、Harrogateは、想像以上に垢抜けて良い街だった。イギリスの田舎は、やはり侮りがたい。
1日(水)は、Harrogateから帰ってきたその足で、そのまま午後6時半から大使館で行われた、「自衛隊の日」の記念式典に参加。立食パーティだったけれど、さすがに疲れた。大使館の大塚書記官、JNTOの吉田所長ご夫妻など、馴染みの方とお話ししたほか、吉田ご夫妻と一緒におられた、カーディフに長年在住し、今も日本人学校などおお世話をされておられるという松井みどりさんとお会いし、ウェールズの良さについていろいろなお話を聞くことができたのは、おもしろかった。
2日(木)は、朝10時半から、JET Programme の出国前オリエンテーションに、小川所長補佐と一緒に出席。会場は Queen Mary University of London の People's Palaceという名前の建物内の教室。この日はよく晴れて非常に暑い日だった上、会場はJETに参加する若者達の熱気でむんむん。実に暑かった。
会を主催してくれている EJEF の岩永照子社長の司会で会が始まり、まずは大使館の岡庭公使のご挨拶。公使は帰国子女で海外生活も長かったとのことで、さすがに英語は堪能。原稿なしで、ジョークも交え、おもしろおかしくJETたちの日本生活での注意点などをお話しされ、JETたちもリラックスして聞いているのがよく見えた。次が、エディンバラ総領事館から井上書記官の挨拶。こちらは、あらかじめ用意してきた原稿を読む挨拶だったけれど、やはりジョークも入れており、なかなかのもの。それに引き替え、その後に続いた僕の挨拶は、まず原稿からして型どおりのおもしろみのないものだったし、しかもそれを単に読むのさえ緊張してかなり早口になってしまい、散々な出来。猛反省。僕に続いた小川所長補佐も、英語は本来うまいんだけれど、やはり初めて大勢の前で話をするというので、緊張してか早口になってしまっていた。課題は多い。
続いて英国外務省の担当からの挨拶だけれど、これは挨拶というより、日本に行ってトラブルに遭った際に具体的にどのような行動を取るべきか、また、そもそもトラブルを未然に防ぐためにどのような準備をしていくかといった非常に実践的な内容に関するプレゼン。しかも、パワーポイントのスライドに加えて、非常に凝った作りのショートビデオ付き。恐れ入った。
しかし、わかりやすい話をするためには、パワーポイントという手があるかと、勉強になった。
そして、British Councilの方から、英国と日本との学校交流についてのお話があり、その後、今年のJET達のお世話をしてくれるミキトラベルからの話が始まるところで、岡庭公使と僕は、先に退席させていただいた。
3日(金)は、12時から商工会議所主催のパーマストン会。この日の講師は、海老原紳英国大使ということで、いつもより集まりが良かったような気がする。場所は、シティにある London Capital Club。日本外交が現在直面している問題について、単に英国との関係にとどまらず、北朝鮮問題や中国問題、アメリカ問題などまで、率直に語っていただき、大変勉強になった。やはり、英国大使までされるほどの人の話は、説得力が断然違う。また、大使の話意外にも、その前に昼食時間中に、たまたま隣の席になったAlpine Electronics of UK社長(欧州副支配人)の井上氏とのお話も勉強になった。クレアが最近大阪府の橋下知事などから批判され、厳しい立場に置かれていることに関して、単にやっていることが「国際交流」というものであれば、今や民間でもできるし現に役所よりはるかにやっているのだから、そのような機能を担うものは、いらない。しかし、「外交」は昔から、そして将来も「国」の仕事でアリ続けると思うし、外交の中の「ソフト外交」になると官民の境界はあいまいになるけれども、やはり「国」なり地方も含めた「政府」としての役割はあり得るのだろう。要は、やっている仕事に、民間ではできない「外交」であるのだと胸を張って言える中身があるのかどうかということだ。というご意見。この日の講演テーマにも関係しており、胸に刺さった。JET Programmeも含め、まさにそういうものをやってきたし、これからもやり続けるのだという気概はあるものの、現実にはそうでない仕事も多いような気もする。いろいろ考えさせられた。
2009年6月28日日曜日
6月15日~28日
ドイツ出張以後の出来事をかいつまんで。
15日(月)は、朝出勤前に、Sloane Square Clinicで理学療法。昨年赴任以来ずっと続いていた背中と肩の痛みも、おおむね気にならないところまで回復。まだ100%とは言えないものの、ここ数ヶ月、特に悪化もしなくなったので、今回でとりあえず治療は終了することにした。
16日(火)は、仕事終了後、高校・大学の9年下の後輩で、今クレディ・スイスのロンドン支店に勤めている棚瀬さんと会う。昨年の灘校ロンドン同窓会で初めて会ったのだけれど、僕のブログを見て僕が英語で苦戦していることを知り、一肌脱ぎましょうかとの申し出から、合ってみることとしたもの。この日は特にレッスンとかはせず、お互いの近況などの雑談や、彼の考えているメソッドなどを聞いたりしただけで、1時間ほどで別れる。でも、かなりおもしろそうだったので、来週から実際にレッスンを受けてみることにした。
17日(水)は、この夏、西堀全日空前支店長の後任として着任された、藤村支店長が事務所にご挨拶に来られる。いつもの皆戸さん、北沢さんとご一緒に。藤村さんは、ロンドンに来られる前は空港対策関係のお仕事もされていたそうで、今国土交通省に出向中の僕の先輩の話や、藤村さんも学齢期のお子様がおられるとのことで、学校選びの話などで盛り上がった。
この日は、仕事終了後、あらかじめ予約してあった、シェークスピア・グローブ座の「ロミオとジュリエット」を見に行った。午後7時半から10時40分過ぎまでの長丁場。「ロミオとジュリエット」は、映画しか見たことがなく、原作はまったく読んだことがなかったので、途中結構卑猥なギャグなどが出てきたのには驚いた。脚色かと思ったら、意外と原作通りらしい。また、ジュリエットはイメージ通りの清楚系の女優さんだったけれど、ロミオは黒人の乗りの良い男優で、こんなのもアリなのかとびっくり。やはり実際に見てみると、いろいろおもしろい。長くてちょっと疲れたけれど。
18日(木)は、今月いっぱいで帰国となる、千葉県から派遣の風間次長と東京都から派遣の石田参事の送別会。やや早めではあるけれど、所員ができるだけ多く揃う日ということで、この日になった。しかし、それにもかかわらず、後から別件が入ってきて、結局山口次長とキルヒナーさんが早めにおいとま、僕も2次会のパブを乾杯程度で次の場へ。
で、その「次の場」というのが、企業人材育成をやっているHey Groupという企業からのお誘いのセミナー。山口次長とキルヒナーさんとは、セミナーから出席し、僕は終了後のレセプションから出席。ピカデリーのRoyal Academyが会場で、アマチュア芸術展の封切りを鑑賞しながらレセプションというのがコンセプトらしく、いろいろな現代作品を鑑賞しながら、立食で歓談。お目当てというか、送別会を切り上げてそもそもわざわざここに来ることとしたのは、先日所員がワークプレイスメントでお世話になった、Tambridge Council の Chief Executive である Stephan Weigel氏に誘われたから。広い会場での立食で、ちゃんと会えるのかとやや心配だったが、無事美人の娘さん連れのWeigel氏とお会いすることができた。日本と中国とワインに造形が深く、アンティーク収集が趣味とのことで、かなりの趣味人。お話ししたのは短い時間だったけれど、楽しかった。
20日(土)は、あらかじめチケットを購入していた Taste of London に行ってみた。これは、ロンドンで年1回行われる「食の祭典」だそうで、妻がロンドン在住の人のブログで見つけてきて勧めてくれたもの。天気が良かったこともあって、かなりの人手。僕は、タイカレーその他いくつか食べてみたけれど、事前の情報収集不足のためか、残念ながら「これぞ」というものには今ひとつ巡り会えなかった。むしろ、お金を出して食べたものより、無料で振る舞われていた、フランスパンにパテを塗ったカナッペのようなものを、白ワインと一緒に食べたのが一番おいしかったくらい。来年は、もうちょっとちゃんと調べてから、妻と一緒に来よう。
21日(日)は、Jet Walk。チャタム・ハウスに研究のため1年間来られていた、先輩で今環境省の審議官をされている鷺坂さんが、今回が最後のご参加だと言うことで僕も参加することに。今回は、EssexのWakes ColneからBuresまでの11.2mile(18km)の行程。今まで参加した中で、一番長い。朝8時半にリバプール・ストリート駅集合。今回の参加者は11人とやや多め。男女半々でバランスがいいのはいつもの通り。すでに知った顔の人が多かった。当日の写真は、僕の公開Webアルバムの中の「20090621_JetWalk_Essex」にアップロードしておいたけれど、今回は、GPS Trackerを装備し、写真を撮った位置情報をすべて写真そのものに埋め込んだので、歩いたルートが一目瞭然。結構おもしろいアルバムとなった。
天気が良く、道も平らで歩きやすく、気持ちよかったけれど、何しろ距離が長かったので、結構疲れた。
22日(月)は、事務所の休日(ロンドンが日本より祝日が少ないため、日本の勤務日数を合わせるために、事務所独自で休日と定めている日)だったので、出勤はしなかったけれど、たまたまこの日に開催された Japan Fixed Income Seminar に誘われたため、それを聞きに行ってきた。朝9時スタートで、大使館近くのPark Lane Hotelが会場。まず、9時半頃からの日本国債のついての財務省国債課長からのプレゼント、その後のディスカッションを聞いた。国債課長は、非常に英語の堪能な人で、流暢な英語でプレゼンをしていたし、ディスカッションもまったく淀むところなし。しかし、日本国債も投資家の多様化を図ろうとしているというのはよくわかるとしても、ヘッジファンドにまで買ってもらいたいと思っていると言っていたのは、言葉の綾なのか本気なのかわからないけど、結構驚いた。僕なら、やはりレバレッジを掛けずに現物をちゃんと比較的長期に保有してくれる、年金や生保に買ってもらう方が、よほどありがたいと思うけれど。
で、その後はいったん家に帰って家周りのことをし、午後1時から再びセミナーに参加。おめあての「地方債」のプレゼン。地方公共団体金融機構、東京都、千葉県からのプレゼンがあった。しっかり資料を用意して、がんばってプレゼンしていた。会場に集まっている人の数は、多少少なめかな、とも思ったけれど、一所懸命聞きながらメモを取っている聴衆の人もいたので、悪くはなかったと思う。まあ、このクレジットクランチで円高局面では、なかなかちょっとくらいIRをやっても直接の結果には結びつきにくいだろうけれど、ともあれ金融商品は投資家に知ってもらわなければ買ってもらえない。それには日頃からの地道な努力が必要。こういう催しは、継続すればとても意義のあることだと思う。
23日(火)は、その昨日セミナーでプレゼンを行った、東京都の関公債課長さん、静岡県の鈴木財務室参事さんが、相次いで来訪。東京都の関課長さんは、クレアの運営にも深くコミットしていただいている方で、率直な意見交換をさせていただくことができた。また、鈴木参事さんとは、昨日のセミナーの話のほか、来る静岡県知事選の話などが話題となった。
その日の仕事後は、先週約束していた、棚瀬さんの英会話レッスン初回。緊張しながらのスタートだったけれど、これまでに受けてきたレッスンとはかなり違い、ユニークで実践的。これはかなり良さそう。しかし、Transport for Londonに電話して、Finchley Road から Big Benまでの行き方を聞くのに、Big Benをなかなか聞き取ってもらうことができずに難儀したし、Quick Response Method も、結構難しい。当然ながら、一朝一夕に改善するものではない。が、ともあれおもしろかった。次回は、再来週きてもらうことに。
24日(水)は、月例の事務所勉強会「スピーカーシリーズ」。この日の講師は、昨年四日市市、亀山市、京都市訪問をアレンジしてあげた、コミュニティ・地方自治省職員のJenifer Ashbey さん。彼女は、ノーフォーク基金のお金で、他の5人のさまざまな出自のメンバーと一緒に、世界6カ国の都市を巡り、都市開発についての比較研究を行っており、今回は、その成果の一部をかいつまんでお話ししていただいた。
25日(木)は、午前中休暇を取り、明日日本に帰国する風間次長から、自動車の引き渡しを受けた。実はその自動車は修理に出されていて、この日の朝10時に修理業者が我が家に直接持ってきてくれることになっていたのだけれど、待てど暮らせどやってこない。11時に風間次長がしびれを切らして電話すると、「今出たところ」。結局11時半過ぎにようやくやってきて、無事引き継ぎを終わらせることができた。まったくヨーロッパ的。昼は、事務所に寄った後、有志でイングリッシュ・パブで次長の送別昼食会。
その日、夜7時からは、ハイド・パーク東のHilton on Park Laneホテルで、「The MJ 2009 Achievement Awards」に出席。これは、Municipal Journal誌という地方公共団体向け専門機関誌が主催で、毎年その年の評価の高かった地方公共団体の表彰を行うもの。ただ、日本の「表彰式」とは全く異なり、日本で言えば「レコード大賞」みたいな、あるいは映画の「アカデミー賞」みたいな、一種のエンターテイメントショー。これにはかなりのカルチャーショックだった。
そもそも、レセプションに出席するためのドレスコードがタキシードで、僕は持っていなかったので、貸衣装屋に行って蝶ネクタイなどと一緒に借りて来なければならなかったところからして普通ではない。で、仕事後に着慣れないタキシードに蝶ネクタイ姿になってホテルまで行き(この格好で公共バスに乗って行ったのが、ちょっと情けないところ)、ホールでウェルカム・レセプション。誰か知り合いの自治体の人でも来ていないかと見て回ってみたけれど、誰も見あたらない。人数が多すぎて、探せない。結局かなり寂しい30分間を、シャンペンをすすりながら過ごした。
これでは、式の間の食事中も、結構厳しいものがあるかと覚悟していたら、ディナーの席に着いてみると、隣は先日Royal Academyでお会いした、Tambridge CouncilのWeigel氏。これには本当にほっとした。また、反対側に座っていた、自治体向けコンサルタントのCrispin Derby氏も気さくな方で、気兼ねなくお話をすることができ、存外と楽しい会になった。
会には、受賞にノミネートされた各自治体のプロジェクトの担当者のほか、各自治体からリーダーやエグゼクティブクラスが大勢集まり、男性も女性もフォーマルな装いでありながら、実に賑やかで乗りが良く、非常に華やかな式典だった。
夕食後、受賞自治体の発表と表彰セレモニーがあり、グランプリの発表があって終わったのが、すでに夜の11時20分ころ。実は、その後もディスコなどが午前2時まであったらしいのだが、僕はさすがに疲れていたのでそのまま引き上げさせていただいた。日本人は、僕以外には誰一人としていなかったこともあって、気疲れも少し。
しかし、非常に感銘を受けた。日本にもこういう催しがあればいいのに、とちょっとうらやましい気持ちにもなった。企画するのは至難の業だろうけれど。
15日(月)は、朝出勤前に、Sloane Square Clinicで理学療法。昨年赴任以来ずっと続いていた背中と肩の痛みも、おおむね気にならないところまで回復。まだ100%とは言えないものの、ここ数ヶ月、特に悪化もしなくなったので、今回でとりあえず治療は終了することにした。
16日(火)は、仕事終了後、高校・大学の9年下の後輩で、今クレディ・スイスのロンドン支店に勤めている棚瀬さんと会う。昨年の灘校ロンドン同窓会で初めて会ったのだけれど、僕のブログを見て僕が英語で苦戦していることを知り、一肌脱ぎましょうかとの申し出から、合ってみることとしたもの。この日は特にレッスンとかはせず、お互いの近況などの雑談や、彼の考えているメソッドなどを聞いたりしただけで、1時間ほどで別れる。でも、かなりおもしろそうだったので、来週から実際にレッスンを受けてみることにした。
17日(水)は、この夏、西堀全日空前支店長の後任として着任された、藤村支店長が事務所にご挨拶に来られる。いつもの皆戸さん、北沢さんとご一緒に。藤村さんは、ロンドンに来られる前は空港対策関係のお仕事もされていたそうで、今国土交通省に出向中の僕の先輩の話や、藤村さんも学齢期のお子様がおられるとのことで、学校選びの話などで盛り上がった。
この日は、仕事終了後、あらかじめ予約してあった、シェークスピア・グローブ座の「ロミオとジュリエット」を見に行った。午後7時半から10時40分過ぎまでの長丁場。「ロミオとジュリエット」は、映画しか見たことがなく、原作はまったく読んだことがなかったので、途中結構卑猥なギャグなどが出てきたのには驚いた。脚色かと思ったら、意外と原作通りらしい。また、ジュリエットはイメージ通りの清楚系の女優さんだったけれど、ロミオは黒人の乗りの良い男優で、こんなのもアリなのかとびっくり。やはり実際に見てみると、いろいろおもしろい。長くてちょっと疲れたけれど。
18日(木)は、今月いっぱいで帰国となる、千葉県から派遣の風間次長と東京都から派遣の石田参事の送別会。やや早めではあるけれど、所員ができるだけ多く揃う日ということで、この日になった。しかし、それにもかかわらず、後から別件が入ってきて、結局山口次長とキルヒナーさんが早めにおいとま、僕も2次会のパブを乾杯程度で次の場へ。
で、その「次の場」というのが、企業人材育成をやっているHey Groupという企業からのお誘いのセミナー。山口次長とキルヒナーさんとは、セミナーから出席し、僕は終了後のレセプションから出席。ピカデリーのRoyal Academyが会場で、アマチュア芸術展の封切りを鑑賞しながらレセプションというのがコンセプトらしく、いろいろな現代作品を鑑賞しながら、立食で歓談。お目当てというか、送別会を切り上げてそもそもわざわざここに来ることとしたのは、先日所員がワークプレイスメントでお世話になった、Tambridge Council の Chief Executive である Stephan Weigel氏に誘われたから。広い会場での立食で、ちゃんと会えるのかとやや心配だったが、無事美人の娘さん連れのWeigel氏とお会いすることができた。日本と中国とワインに造形が深く、アンティーク収集が趣味とのことで、かなりの趣味人。お話ししたのは短い時間だったけれど、楽しかった。
20日(土)は、あらかじめチケットを購入していた Taste of London に行ってみた。これは、ロンドンで年1回行われる「食の祭典」だそうで、妻がロンドン在住の人のブログで見つけてきて勧めてくれたもの。天気が良かったこともあって、かなりの人手。僕は、タイカレーその他いくつか食べてみたけれど、事前の情報収集不足のためか、残念ながら「これぞ」というものには今ひとつ巡り会えなかった。むしろ、お金を出して食べたものより、無料で振る舞われていた、フランスパンにパテを塗ったカナッペのようなものを、白ワインと一緒に食べたのが一番おいしかったくらい。来年は、もうちょっとちゃんと調べてから、妻と一緒に来よう。
21日(日)は、Jet Walk。チャタム・ハウスに研究のため1年間来られていた、先輩で今環境省の審議官をされている鷺坂さんが、今回が最後のご参加だと言うことで僕も参加することに。今回は、EssexのWakes ColneからBuresまでの11.2mile(18km)の行程。今まで参加した中で、一番長い。朝8時半にリバプール・ストリート駅集合。今回の参加者は11人とやや多め。男女半々でバランスがいいのはいつもの通り。すでに知った顔の人が多かった。当日の写真は、僕の公開Webアルバムの中の「20090621_JetWalk_Essex」にアップロードしておいたけれど、今回は、GPS Trackerを装備し、写真を撮った位置情報をすべて写真そのものに埋め込んだので、歩いたルートが一目瞭然。結構おもしろいアルバムとなった。
天気が良く、道も平らで歩きやすく、気持ちよかったけれど、何しろ距離が長かったので、結構疲れた。
22日(月)は、事務所の休日(ロンドンが日本より祝日が少ないため、日本の勤務日数を合わせるために、事務所独自で休日と定めている日)だったので、出勤はしなかったけれど、たまたまこの日に開催された Japan Fixed Income Seminar に誘われたため、それを聞きに行ってきた。朝9時スタートで、大使館近くのPark Lane Hotelが会場。まず、9時半頃からの日本国債のついての財務省国債課長からのプレゼント、その後のディスカッションを聞いた。国債課長は、非常に英語の堪能な人で、流暢な英語でプレゼンをしていたし、ディスカッションもまったく淀むところなし。しかし、日本国債も投資家の多様化を図ろうとしているというのはよくわかるとしても、ヘッジファンドにまで買ってもらいたいと思っていると言っていたのは、言葉の綾なのか本気なのかわからないけど、結構驚いた。僕なら、やはりレバレッジを掛けずに現物をちゃんと比較的長期に保有してくれる、年金や生保に買ってもらう方が、よほどありがたいと思うけれど。
で、その後はいったん家に帰って家周りのことをし、午後1時から再びセミナーに参加。おめあての「地方債」のプレゼン。地方公共団体金融機構、東京都、千葉県からのプレゼンがあった。しっかり資料を用意して、がんばってプレゼンしていた。会場に集まっている人の数は、多少少なめかな、とも思ったけれど、一所懸命聞きながらメモを取っている聴衆の人もいたので、悪くはなかったと思う。まあ、このクレジットクランチで円高局面では、なかなかちょっとくらいIRをやっても直接の結果には結びつきにくいだろうけれど、ともあれ金融商品は投資家に知ってもらわなければ買ってもらえない。それには日頃からの地道な努力が必要。こういう催しは、継続すればとても意義のあることだと思う。
23日(火)は、その昨日セミナーでプレゼンを行った、東京都の関公債課長さん、静岡県の鈴木財務室参事さんが、相次いで来訪。東京都の関課長さんは、クレアの運営にも深くコミットしていただいている方で、率直な意見交換をさせていただくことができた。また、鈴木参事さんとは、昨日のセミナーの話のほか、来る静岡県知事選の話などが話題となった。
その日の仕事後は、先週約束していた、棚瀬さんの英会話レッスン初回。緊張しながらのスタートだったけれど、これまでに受けてきたレッスンとはかなり違い、ユニークで実践的。これはかなり良さそう。しかし、Transport for Londonに電話して、Finchley Road から Big Benまでの行き方を聞くのに、Big Benをなかなか聞き取ってもらうことができずに難儀したし、Quick Response Method も、結構難しい。当然ながら、一朝一夕に改善するものではない。が、ともあれおもしろかった。次回は、再来週きてもらうことに。
24日(水)は、月例の事務所勉強会「スピーカーシリーズ」。この日の講師は、昨年四日市市、亀山市、京都市訪問をアレンジしてあげた、コミュニティ・地方自治省職員のJenifer Ashbey さん。彼女は、ノーフォーク基金のお金で、他の5人のさまざまな出自のメンバーと一緒に、世界6カ国の都市を巡り、都市開発についての比較研究を行っており、今回は、その成果の一部をかいつまんでお話ししていただいた。
25日(木)は、午前中休暇を取り、明日日本に帰国する風間次長から、自動車の引き渡しを受けた。実はその自動車は修理に出されていて、この日の朝10時に修理業者が我が家に直接持ってきてくれることになっていたのだけれど、待てど暮らせどやってこない。11時に風間次長がしびれを切らして電話すると、「今出たところ」。結局11時半過ぎにようやくやってきて、無事引き継ぎを終わらせることができた。まったくヨーロッパ的。昼は、事務所に寄った後、有志でイングリッシュ・パブで次長の送別昼食会。
その日、夜7時からは、ハイド・パーク東のHilton on Park Laneホテルで、「The MJ 2009 Achievement Awards」に出席。これは、Municipal Journal誌という地方公共団体向け専門機関誌が主催で、毎年その年の評価の高かった地方公共団体の表彰を行うもの。ただ、日本の「表彰式」とは全く異なり、日本で言えば「レコード大賞」みたいな、あるいは映画の「アカデミー賞」みたいな、一種のエンターテイメントショー。これにはかなりのカルチャーショックだった。
そもそも、レセプションに出席するためのドレスコードがタキシードで、僕は持っていなかったので、貸衣装屋に行って蝶ネクタイなどと一緒に借りて来なければならなかったところからして普通ではない。で、仕事後に着慣れないタキシードに蝶ネクタイ姿になってホテルまで行き(この格好で公共バスに乗って行ったのが、ちょっと情けないところ)、ホールでウェルカム・レセプション。誰か知り合いの自治体の人でも来ていないかと見て回ってみたけれど、誰も見あたらない。人数が多すぎて、探せない。結局かなり寂しい30分間を、シャンペンをすすりながら過ごした。
これでは、式の間の食事中も、結構厳しいものがあるかと覚悟していたら、ディナーの席に着いてみると、隣は先日Royal Academyでお会いした、Tambridge CouncilのWeigel氏。これには本当にほっとした。また、反対側に座っていた、自治体向けコンサルタントのCrispin Derby氏も気さくな方で、気兼ねなくお話をすることができ、存外と楽しい会になった。
会には、受賞にノミネートされた各自治体のプロジェクトの担当者のほか、各自治体からリーダーやエグゼクティブクラスが大勢集まり、男性も女性もフォーマルな装いでありながら、実に賑やかで乗りが良く、非常に華やかな式典だった。
夕食後、受賞自治体の発表と表彰セレモニーがあり、グランプリの発表があって終わったのが、すでに夜の11時20分ころ。実は、その後もディスコなどが午前2時まであったらしいのだが、僕はさすがに疲れていたのでそのまま引き上げさせていただいた。日本人は、僕以外には誰一人としていなかったこともあって、気疲れも少し。
しかし、非常に感銘を受けた。日本にもこういう催しがあればいいのに、とちょっとうらやましい気持ちにもなった。企画するのは至難の業だろうけれど。
2009年6月20日土曜日
iPhone 3.0 アップデート後、パケット通信が使えなくなる不具合への対処
ここ2週間の仕事の話など、書いておかなければならない話題はいろいろあるのだけれど、とりあえず、表題に書いた話題が緊急かつ重要に思えたので、書いておこう。
昨年9月からイギリスでiPhone 3GをO2のPay and Goで使っていたが、イギリスでのこの契約には、イギリス国内のパケット通信1年分無料というおまけがついている(2年目からは月額10ポンドの定額)。そのおかげで、無線LANの使えないところでも、携帯電話の使えるところなら、どこでもメールやWebやグーグルマップなどが使えて、めちゃくちゃ重宝だった。
で、もちろんフルに使い倒していたのだけれど、6月17日(水)の夜に、iPhone のOSを3.0にアップグレードして以後、無線LANは使えるけれど、パケット通信が全く使えなくなってしまった。
でも、木曜、金曜と忙しかったことと、バージョンアップ前にも一度1日ちょっとパケット通信が使えなかったことがあり、そのときはある時点からまた普通に使えるようになった経験があったので、とりあえず不便ながらもそのままにしておいた。
しかし、土曜日になってもまったくつながる気配がなかったため、これはさすがにiPhoneの不具合だろうと思い、本腰を入れてgoogleで検索。
すると早速「Apple、iPhone OS 3.0 のサポート記事を多数公開」がヒット。その中に、そのものずばりの「iPhone OS 3.0 へのアップグレード後にカスタムAPNを使って携帯電話ネットワークデータサービスが使用できない」という項目があり、これこれと思っていそいそと行ってみた。
しかしそこに書かれていたのは、「これは、「Cellular Data Network」の設定で、APN (アクセスポイント名) を、手動または iPhone OS 3.0 のインストール前に iPhone 構成ユーティリティを使って編集した場合に起こる可能性があります」。で、解決法は「iPhone に iPhone OS 3.0 をインストールする前に「Cellular Data Network」の設定を編集しなかったにもかかわらず、携帯電話ネットワークデータサービスが使用できない場合は、携帯電話会社に、お持ちのワイヤレスアカウントで利用できるこれらのサービスについてお問い合わせください。また、一方で「Cellular Data Network」の設定を編集した場合、これらの設定は iPhone OS 3.0 へのアップデート後、デフォルトの値にリセットされるので、再度 設定を編集する 必要があります。」というもの。で、結局なのをすべきなのか、今ひとつ要領を得ない。
そこで、「iPhone 3.0 cellular data network o2」と検索語を英語にして英文ページを探したところ、「The Home of Mac Troubleshooting」というサイトの「iPhone 3G "Could not activate cellular data network You are not subscribed to a cellular data service" 」という記事が先頭にヒット。うん、まさにこれ。
この記事も、途中までは「設定をリセットしなさい」とかなんとか、すでに試みて効果のなかったことしか書かれていなかったが、最後に一番重要な情報があった。
In the Uk you can try this APN alteration which has worked many times for us.
In the APN : Settings>General>Network>Cellular Data Network
change mobile.o2.co.uk to payandgo.o2.co.uk
自分のiPhoneで「設定」→「一般」→「ネットワーク」→「パケット通信」を見てみると、「パケット接続」の「APN」の欄が、「ideta.o2.co.uk」になっている。ここはたしかに以前は「payandgo.o2.co.uk」だったはず。
で、そのように書き換えたら、無事パケット通信成功。やれやれ。
わかってみればたわいのないことだけど、見つけるのにはほんと時間がかかる。まあiPhoneは非常に多くの国で使われているわけだから、一般的なことしか書きにくいのもわかるけれど、せめて主要国については国別の解決方法を載せてくれてもよさそうなもの。現に「The Home of Mac Troubleshooting」はそうしてくれていたわけだし。
ともあれ、これにてこの問題は一件落着。
昨年9月からイギリスでiPhone 3GをO2のPay and Goで使っていたが、イギリスでのこの契約には、イギリス国内のパケット通信1年分無料というおまけがついている(2年目からは月額10ポンドの定額)。そのおかげで、無線LANの使えないところでも、携帯電話の使えるところなら、どこでもメールやWebやグーグルマップなどが使えて、めちゃくちゃ重宝だった。
で、もちろんフルに使い倒していたのだけれど、6月17日(水)の夜に、iPhone のOSを3.0にアップグレードして以後、無線LANは使えるけれど、パケット通信が全く使えなくなってしまった。
でも、木曜、金曜と忙しかったことと、バージョンアップ前にも一度1日ちょっとパケット通信が使えなかったことがあり、そのときはある時点からまた普通に使えるようになった経験があったので、とりあえず不便ながらもそのままにしておいた。
しかし、土曜日になってもまったくつながる気配がなかったため、これはさすがにiPhoneの不具合だろうと思い、本腰を入れてgoogleで検索。
すると早速「Apple、iPhone OS 3.0 のサポート記事を多数公開」がヒット。その中に、そのものずばりの「iPhone OS 3.0 へのアップグレード後にカスタムAPNを使って携帯電話ネットワークデータサービスが使用できない」という項目があり、これこれと思っていそいそと行ってみた。
しかしそこに書かれていたのは、「これは、「Cellular Data Network」の設定で、APN (アクセスポイント名) を、手動または iPhone OS 3.0 のインストール前に iPhone 構成ユーティリティを使って編集した場合に起こる可能性があります」。で、解決法は「iPhone に iPhone OS 3.0 をインストールする前に「Cellular Data Network」の設定を編集しなかったにもかかわらず、携帯電話ネットワークデータサービスが使用できない場合は、携帯電話会社に、お持ちのワイヤレスアカウントで利用できるこれらのサービスについてお問い合わせください。また、一方で「Cellular Data Network」の設定を編集した場合、これらの設定は iPhone OS 3.0 へのアップデート後、デフォルトの値にリセットされるので、再度 設定を編集する 必要があります。」というもの。で、結局なのをすべきなのか、今ひとつ要領を得ない。
そこで、「iPhone 3.0 cellular data network o2」と検索語を英語にして英文ページを探したところ、「The Home of Mac Troubleshooting」というサイトの「iPhone 3G "Could not activate cellular data network You are not subscribed to a cellular data service" 」という記事が先頭にヒット。うん、まさにこれ。
この記事も、途中までは「設定をリセットしなさい」とかなんとか、すでに試みて効果のなかったことしか書かれていなかったが、最後に一番重要な情報があった。
In the Uk you can try this APN alteration which has worked many times for us.
In the APN : Settings>General>Network>Cellular Data Network
change mobile.o2.co.uk to payandgo.o2.co.uk
自分のiPhoneで「設定」→「一般」→「ネットワーク」→「パケット通信」を見てみると、「パケット接続」の「APN」の欄が、「ideta.o2.co.uk」になっている。ここはたしかに以前は「payandgo.o2.co.uk」だったはず。
で、そのように書き換えたら、無事パケット通信成功。やれやれ。
わかってみればたわいのないことだけど、見つけるのにはほんと時間がかかる。まあiPhoneは非常に多くの国で使われているわけだから、一般的なことしか書きにくいのもわかるけれど、せめて主要国については国別の解決方法を載せてくれてもよさそうなもの。現に「The Home of Mac Troubleshooting」はそうしてくれていたわけだし。
ともあれ、これにてこの問題は一件落着。
2009年6月14日日曜日
ドイツ出張
6月11日(木)から12日(金)の2日間、キルヒナー主任研究員とドイツ・ブランデンブルク州に出張。
一昨年(2007年11月)にも、当時の務台所長がキルヒナーさんとブランデンブルク州に出張しており、その折には、都市と農村の交流をテーマに、ブランデンブルク州の市町村幹部を相手に務台所長がプレゼンテーションをしており、そのとき世話をしてくれていた州市町村連盟のJenz Graf部長が、昨年(2008年)のJapan Study Tourに参加して来日されたというご縁があり、今回は、再びGrafさんからのお勧めがあって再訪することとしたもの。
当初、4月20日に市町村連盟総会があり、そこには州の首相なども参加するからそこに来ないかとの提案もあったのだけれど、日が折り合わずに断念。その後も、できるなら早いうちにと5月にも日程調整をしてみたが、5月は向こうもこちらも日程が結構つまっており、結局折り合わずに6月のこの日となった。訪問先についても、いろいろとやりとりはあったが、せっかくだからということで、かなりみっちりと詰まった訪問スケジュールとなった。
11日(木)は、午前中にGrafさんの本拠地、ブランデンブルク州市町村連盟で、州の自治制度についてのご説明を受けるということで、午前7時15分ヒースロー発の飛行機でベルリンへ。ちなみに、余裕を見て朝5時前に起き、5時半にタクシーを拾ったら、6時にヒースロー空港に着いた。いつも渋滞のロンドンだけれど、やはり朝は空いている。
ベルリンのティーゲル空港には現地時間で10時5分着。飛行機がやや早く着いたため、Grafさんはまだいなかったが、まもなく到着。空港からGrafさんの運転でポツダムの市町村連盟まで連れて行ってもらった。当日は、あいにくの雨と、市町村連盟と同居している福祉関係の政府機関への保育士さん達のデモの騒音とかもあって、結構厳しい滑り出しだった。
しかし、英語のスライド、英語のプレゼンで、非常にわかりやすくブランデンブルク州の自治制度についての説明をお聞きできた。自治制度や市町村の現状についての概括的な話をお聞きしたのだが、一つ驚いたのは、市長は直接公選なのに、当選すると議会の一員になるということ。議院内閣制と大統領制の中間、というか、併せ持った形態で、僕は今までそのような政治形態が現実にあるのを知らなかった。市町村と州とは、都市計画の方針や権限を巡って、結構厳しい対立関係にあるというのも、身につまされた話。
その後、ポツダム市内の、旧町の議事堂だった建物にある Ratokeller(議会食堂、みたいな意味。でも今は普通のドイツレストラン)に連れて行っていただき、ドイツ伝統料理の昼食。ちょうどアスパラガスが旬だったため、アスパラガスとシュニッツェルのプレートをいただいた。とてもおいしかった。
昼食後は、午後2時半からポツダム大学自治研究所を訪問。ポツダム大学とは、ドイツの自治体に関する情報を年間契約でうちの事務所にいれてもらっており、今回はその契約更改。もちろん、契約を詰めはすでに終わっており、今回は本契約書にサインをしにきただけ。でも、契約公開前にJann教授からうかがった話は、ドイツの実情がうかがえてなかなかおもしろかった。一応知っていたことではあるけれど、やはりドイツというのは本物の連邦国家で、州ごとの独立性が強く、違いは非常に大きい。「日本の地方自治」みたいなノリで「ドイツの地方自治」を語ることはできない。当然それにふさわしい研究や調査のアプローチ方法があるはずで、そういう意味でもポツダム大学は貴重なパートナー。
その後、再度Grafさんに迎えに来ていただき、その案内で午後4時半からポツダム市を訪問。残念ながら市長とはお会いできなかったが、ハディッヒさん、エッシェンスブルクさんから、ポツダム市の子育て支援や都市政策等についてのお話をうかがうことができた。
ポツダムは、ベルリンの隣で、かつ旧東ドイツだったところであるため、西からの投資資金が結構入ってきており、元々プロイセン国王の居住地で風光明媚な土地柄という恵まれた環境にあるおかげもあって、現在人口が増え、子供の数も増えているらしい。もちろんそれはそれで保育所や学校の配置とか、行政上のいろいろな悩みはあるわけだけれど、何にせようらやましい話。
ミーティング後、ホテルに引き上げ。朝が早かったので、結構疲れた。
12日(金)は、朝7時半にホテルを出て、再度Grafさんの運転・案内でコットブス市に訪問。ポツダムからは高速を飛ばして1時間半くらいだった。コットブス市役所訪問の予定は10時からだったので、小一時間空きができたこともあって、Grafさんの案内で、Cottbus市の中心街をしばらく散策。町並みを見て回った。
10時からのミーティングでは、主として市の住宅政策についてのお話をうかがった。かつて炭鉱の町として栄え、東ドイツ下では工業・エネルギー計画都市として計画的な移住が行われ、ピーク時15万人いた人口が、東西ドイツの統一後、8万人を切るまで減ってしまったとのこと。当然住居があまるようになったため、周辺部のもので老朽化したものを削って、中心に近いところに建設した住宅に移ってもらって、市をコンパクト化したいという計画だったそうで、それなりに進んではきているものの、やはり社会が自由主義になると、「ごねる自由」も強くなってしまうこと。また、統一後の自由化時に、公営住宅の一部だけを個人に売却するという誤った政策をとってしまったため、今は住宅再建が本当に大変だということであった。
でも、そうはいいつつ中心部の町並みは新しく、とてもきれいで、また、敷石にはコットブス出身のオリンピック・メダリスト達(ものすごく大勢いた)のプレートなどがはめ込まれ、街に対して誇りを持っているところがうかがえ、結構後口が良かった。
昼食時には、コットブス市で日本との交流に携わっている人たち(全員ドイツ人を中心として非日本人)と、市の開発公社(のようなもの)の会議室で、サンドイッチをつまみながらの意見交換会。いろいろユニークな試みをされておられる方も多く、頼もしい限りだったが、このご時世、どうしてもお金の悩みがつきまというというのも、致し方ないところ。
コットブスからベルリンに戻った足で、すぐにブランデンブルク州政府に赴き、Hams官房長官と懇談。英語が実に堪能で(Grafさんももちろん堪能だけど)、人当たりの良い有能そうな長身のドイツ人で、話していてとても楽しかった。いかにもGrafさんの「ライバル」というか、「敵方であるメンター」というか、そういったイメージ。
しかし、州政府と市町村連盟とのコミュニケーションは非常によさそうで、いいことだと思った。
仕事終了後、午後7時半からは、ベルリン周辺在住の元JETの人たちに集まってきてもらい、夕食を取りながらの意見交換会。大使館からJET担当の西井一等書記官と現地スタッフのレナータ・フォン・ビュローさんも参加。みなさん英語も日本語も結構おできになるので、集まったメンバーの中で唯一ドイツ語のできない僕も、疎外感を感じることなく、とても楽しくすごさせていただいた。ドイツはやはりロンドンから遠いので、ロンドン事務所とは疎遠になってしまいがちになるけれど、できるだけこうやって交流とコミュニケーションを続けて行くようにしたいとお約束して、お開き。
その日はベルリンのホテル泊まり。翌日は、せっかくの機会だからと言うことで、ポツダムのお城巡り。仕事中ずっと悪かった天気が、土曜日にはすっかりよくなり、気持ちよく見て回ることができた。午後、お買い物も済ませて、夜の飛行機でロンドンに戻った。
一昨年(2007年11月)にも、当時の務台所長がキルヒナーさんとブランデンブルク州に出張しており、その折には、都市と農村の交流をテーマに、ブランデンブルク州の市町村幹部を相手に務台所長がプレゼンテーションをしており、そのとき世話をしてくれていた州市町村連盟のJenz Graf部長が、昨年(2008年)のJapan Study Tourに参加して来日されたというご縁があり、今回は、再びGrafさんからのお勧めがあって再訪することとしたもの。
当初、4月20日に市町村連盟総会があり、そこには州の首相なども参加するからそこに来ないかとの提案もあったのだけれど、日が折り合わずに断念。その後も、できるなら早いうちにと5月にも日程調整をしてみたが、5月は向こうもこちらも日程が結構つまっており、結局折り合わずに6月のこの日となった。訪問先についても、いろいろとやりとりはあったが、せっかくだからということで、かなりみっちりと詰まった訪問スケジュールとなった。
11日(木)は、午前中にGrafさんの本拠地、ブランデンブルク州市町村連盟で、州の自治制度についてのご説明を受けるということで、午前7時15分ヒースロー発の飛行機でベルリンへ。ちなみに、余裕を見て朝5時前に起き、5時半にタクシーを拾ったら、6時にヒースロー空港に着いた。いつも渋滞のロンドンだけれど、やはり朝は空いている。
ベルリンのティーゲル空港には現地時間で10時5分着。飛行機がやや早く着いたため、Grafさんはまだいなかったが、まもなく到着。空港からGrafさんの運転でポツダムの市町村連盟まで連れて行ってもらった。当日は、あいにくの雨と、市町村連盟と同居している福祉関係の政府機関への保育士さん達のデモの騒音とかもあって、結構厳しい滑り出しだった。
しかし、英語のスライド、英語のプレゼンで、非常にわかりやすくブランデンブルク州の自治制度についての説明をお聞きできた。自治制度や市町村の現状についての概括的な話をお聞きしたのだが、一つ驚いたのは、市長は直接公選なのに、当選すると議会の一員になるということ。議院内閣制と大統領制の中間、というか、併せ持った形態で、僕は今までそのような政治形態が現実にあるのを知らなかった。市町村と州とは、都市計画の方針や権限を巡って、結構厳しい対立関係にあるというのも、身につまされた話。
その後、ポツダム市内の、旧町の議事堂だった建物にある Ratokeller(議会食堂、みたいな意味。でも今は普通のドイツレストラン)に連れて行っていただき、ドイツ伝統料理の昼食。ちょうどアスパラガスが旬だったため、アスパラガスとシュニッツェルのプレートをいただいた。とてもおいしかった。
昼食後は、午後2時半からポツダム大学自治研究所を訪問。ポツダム大学とは、ドイツの自治体に関する情報を年間契約でうちの事務所にいれてもらっており、今回はその契約更改。もちろん、契約を詰めはすでに終わっており、今回は本契約書にサインをしにきただけ。でも、契約公開前にJann教授からうかがった話は、ドイツの実情がうかがえてなかなかおもしろかった。一応知っていたことではあるけれど、やはりドイツというのは本物の連邦国家で、州ごとの独立性が強く、違いは非常に大きい。「日本の地方自治」みたいなノリで「ドイツの地方自治」を語ることはできない。当然それにふさわしい研究や調査のアプローチ方法があるはずで、そういう意味でもポツダム大学は貴重なパートナー。
その後、再度Grafさんに迎えに来ていただき、その案内で午後4時半からポツダム市を訪問。残念ながら市長とはお会いできなかったが、ハディッヒさん、エッシェンスブルクさんから、ポツダム市の子育て支援や都市政策等についてのお話をうかがうことができた。
ポツダムは、ベルリンの隣で、かつ旧東ドイツだったところであるため、西からの投資資金が結構入ってきており、元々プロイセン国王の居住地で風光明媚な土地柄という恵まれた環境にあるおかげもあって、現在人口が増え、子供の数も増えているらしい。もちろんそれはそれで保育所や学校の配置とか、行政上のいろいろな悩みはあるわけだけれど、何にせようらやましい話。
ミーティング後、ホテルに引き上げ。朝が早かったので、結構疲れた。
12日(金)は、朝7時半にホテルを出て、再度Grafさんの運転・案内でコットブス市に訪問。ポツダムからは高速を飛ばして1時間半くらいだった。コットブス市役所訪問の予定は10時からだったので、小一時間空きができたこともあって、Grafさんの案内で、Cottbus市の中心街をしばらく散策。町並みを見て回った。
10時からのミーティングでは、主として市の住宅政策についてのお話をうかがった。かつて炭鉱の町として栄え、東ドイツ下では工業・エネルギー計画都市として計画的な移住が行われ、ピーク時15万人いた人口が、東西ドイツの統一後、8万人を切るまで減ってしまったとのこと。当然住居があまるようになったため、周辺部のもので老朽化したものを削って、中心に近いところに建設した住宅に移ってもらって、市をコンパクト化したいという計画だったそうで、それなりに進んではきているものの、やはり社会が自由主義になると、「ごねる自由」も強くなってしまうこと。また、統一後の自由化時に、公営住宅の一部だけを個人に売却するという誤った政策をとってしまったため、今は住宅再建が本当に大変だということであった。
でも、そうはいいつつ中心部の町並みは新しく、とてもきれいで、また、敷石にはコットブス出身のオリンピック・メダリスト達(ものすごく大勢いた)のプレートなどがはめ込まれ、街に対して誇りを持っているところがうかがえ、結構後口が良かった。
昼食時には、コットブス市で日本との交流に携わっている人たち(全員ドイツ人を中心として非日本人)と、市の開発公社(のようなもの)の会議室で、サンドイッチをつまみながらの意見交換会。いろいろユニークな試みをされておられる方も多く、頼もしい限りだったが、このご時世、どうしてもお金の悩みがつきまというというのも、致し方ないところ。
コットブスからベルリンに戻った足で、すぐにブランデンブルク州政府に赴き、Hams官房長官と懇談。英語が実に堪能で(Grafさんももちろん堪能だけど)、人当たりの良い有能そうな長身のドイツ人で、話していてとても楽しかった。いかにもGrafさんの「ライバル」というか、「敵方であるメンター」というか、そういったイメージ。
しかし、州政府と市町村連盟とのコミュニケーションは非常によさそうで、いいことだと思った。
仕事終了後、午後7時半からは、ベルリン周辺在住の元JETの人たちに集まってきてもらい、夕食を取りながらの意見交換会。大使館からJET担当の西井一等書記官と現地スタッフのレナータ・フォン・ビュローさんも参加。みなさん英語も日本語も結構おできになるので、集まったメンバーの中で唯一ドイツ語のできない僕も、疎外感を感じることなく、とても楽しくすごさせていただいた。ドイツはやはりロンドンから遠いので、ロンドン事務所とは疎遠になってしまいがちになるけれど、できるだけこうやって交流とコミュニケーションを続けて行くようにしたいとお約束して、お開き。
その日はベルリンのホテル泊まり。翌日は、せっかくの機会だからと言うことで、ポツダムのお城巡り。仕事中ずっと悪かった天気が、土曜日にはすっかりよくなり、気持ちよく見て回ることができた。午後、お買い物も済ませて、夜の飛行機でロンドンに戻った。
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